J-PARC News 第257号
■ J-PARC・原子力科学研究所 施設公開 2026-見る、聞く、触る、先端科学!-開催(9月13日)
昨年度に引き続き、今年度も原子力科学研究所と合同で施設公開を開催しました。霧雨が降ったり止んだりするあいにくの天候となりましたが、両施設の来場者数は昨年度の1,646名を大幅に上回る2,006名でした。J-PARCでは、加速器施設や実験施設を公開するとともに、展示・体験・工作コーナーを設けたほか、「J-PARCハローサイエンス」では5件の講演を行いました。
足をお運びいただき、ありがとうございました。来年度も、皆様にお会いできることを楽しみにしています。
■ 受賞
日本加速器学会 第22回日本加速器学会賞 (8月26~28日、仙台国際センター)
① 技術貢献賞
加速器第二セクションの高柳智弘氏が、第22回日本加速器学会賞 技術貢献賞を受賞しました。
高柳氏は、J-PARC RCSのビーム取り出しキッカー電源として、次世代パワー半導体であるSiC MOSFETと大電流・高電圧のパルスを高速で発生させるLTD方式を組み合わせた新しい半導体電源を開発しました。従来のサイラトロン方式と同等の高速な立ち上がり性能を実現するとともに、磁場波形の平坦度を±0.2%以内に抑え、RCSの要求仕様を達成しています。さらに、高電圧パルス形成用の回路であるPFNを不要とし、必要電圧の半減、装置体積の約80%削減、消費電力の約25%削減を実現しました。冷却方式についても水冷から空冷へ変更し、施設側に専用の冷却水設備を設ける必要がなくなりました。
これらの成果を通じて、キッカー電源の信頼性、省電力性および保守性の向上に貢献したことが高く評価されました。
② 特別功労賞
加速器第五セクションの松本浩氏が、特別功労賞を受賞しました。長年にわたる加速器分野への貢献と人材育成への尽力が高く評価されたものです。
松本氏は、1970年代のKEK 2.5 GeV放射光入射器電子ライナックの建設以来、半世紀以上にわたり、KEKをはじめ、J-PARCやSACLAなどのさまざまな加速器施設の建設や、大電力高周波技術の開発に携わり、加速器技術の発展に大きく貢献しました。また、若手研究者の育成にも力を注ぎ、研究機関や企業で活躍する人材を数多く輩出しています。
同氏は、特別功労賞の受賞と併せて、名誉会員にも推挙されました。
■ プレス発表
(1)プロトンが超高速に伝導する特異な界面を自己組織化で実現
-次世代燃料電池への応用に期待-(8月18日)
水中では、 プロトン(水素イオン)が他のイオンに比べて非常に速く移動することは、"グロータス機構"と呼ばれ、200年以上にわたり広く受け入れられています。 一方、燃料電池等で使われるプロトン伝導性高分子膜では、この他にも、ビークル機構と界面プロトンホッピング伝導機構の3つの伝導機構が協同的にプロトン移動に関わっていることが分かっています。
本研究グループでは、 低分子液晶の自己組織化を利用して、界面上のスルホ基間距離を縮めた特異な界面の構築に成功しました。この界面上では、スルホ基から隣接するスルホ基へプロトンがホッピングしながら移動する界面プロトンホッピング伝導機構が高度に活性化し、極めて高速なプロトン伝導(3.5 × 10-1 S cm-1)が実現されることを明らかにしました。 界面プロトンホッピング伝導機構に基づくモデル計算の結果得られたプロトンのジャンプ時間とJ-PARC MLFのダイナミクス解析装置「DNA」を用いた中性子準弾性散乱測定で測定された水分子の回転や併進運動の緩和時間を比較するとよく一致することが確認できました。
本研究の成果は、プロトン伝導性高分子膜の設計を抜本的に変革させる新しい設計戦略として期待でき、燃料電池などのエネルギーデバイスやバイオセンサーなどの革新に繋がりうると期待されます。また、プロトン伝導が関与する多様な生物学的現象の理解を深める上でも有用な知見と考えられます。
詳しくはこちら(J-PARC HP)https://j-parc.jp/c/press-release/2026/08/18001865.html
(2)金属の中で"分子"が組み替わる
-化学結合・金属性・磁性が連動する新しい電子状態を発見 -(8月24日)
通常、 物質の中で原子が分子のような結合状態を形成すると、 電子が原子間の結合に取り込まれるため、電気が通りにくくなったり、磁性が失われたりします。分子状態が温度に応じて組み替わり、 それに伴って電気伝導や磁性が大きく変化するような物質は、 これまでほとんど知られていませんでした。
そこで、 本研究グループは、 345K(72℃)と140K(−133℃)で二段階の相転移を示すことが知られているリチウム・バナジウム・硫黄からなる層状化合物Li0.5VS2に着目しました。電気抵抗と磁化の測定に加え、SPring-8 やJ-PARC MLF の茨城県材料構造解析装置「iMATERIA」を利用したX線・中性子回折などによって、各温度領域における原子配列と電子状態の変化を詳しく調べました。その結果、 345Kより高い温度では均一な三角格子を作るバナジウム原子が、 345K以下ではジグザグ鎖状の「分子のような結合状態」 を形成し、 さらに140K以下では、 その結合状態がランダムに切断され、 ダンベル状のペアを作ることが分かりました。 また、 各温度層において、電気伝導度を維持しながらも磁気的な応答も大きく変化するという特徴を持つことが判明しました。
今回の成果は、温度によって化学結合・電気伝導・磁性を連動して変化させられる新しい材料設計の可能性を示すもので、新しいセンサーやスイッチング材料の設計への応用が期待されています。
詳しくはこちら(J-PARC HP)https://j-parc.jp/c/press-release/2026/08/24001868.html
(3)名古屋城金鯱の黄金の輝きの秘密に迫る
-鱗の表面ほど金が多いことを、J-PARCの負ミュオンで非破壊で確認 -(8月24日)
1945年の空襲で大部分が焼失した名古屋城天守の金鯱の鱗は一部が回収され、 現在まで大切に保存されています。 これまでは、 鱗の金色の鮮かさにもかかわらず蛍光X 線分析で測定された金濃度が必ずしも高くないという「見た目と計測結果の食い違い」がありました。
そこで研究グループは、 J-PARC MLF のDラインを用い、 負ミュオンの運動量を変えて停止する深さを調整し、 7点の鱗を非破壊で深さ方向に金濃度を分析しました。 その結果、 5点で表面に近づくほど金濃度が高くなることを確認しました。この結果は、 金鯱の黄金の輝きを高めるため、 表面付近の金を濃くする歴史的な処理が行われた可能性があることを示しています。
文化財の表面は、 制作時の加工、 補修、 腐食、 火災、 埋蔵環境などによって複雑に変化します。
今回用いた負ミュオンによる分析技術は、 金鯱だけでなく、 金銀製品、 貨幣、 装身具、 鍍金・色付が施された歴史資料にも応用できます。また、この技術により、当時の製作技術や修復履歴を明らかにする研究へつながり、考古学、 美術史、 文化財科学に貢献できることを示す成果となりました。
詳しくはこちら(J-PARC HP)https://j-parc.jp/c/press-release/2026/08/24001869.html
■ 「未来を拓くJ-PARCと茨城高専の科学技術研究会」を開催(8月24日)
J-PARCセンター、茨城工業高等専門学校、総合科学研究機構(CROSS)が主催する「未来を拓くJ-PARCと茨城高専の科学技術研究会」を初めて開催しました。会場のAQBRCには高専生や教員、J-PARC関係者ら約120名が集まりました。口頭発表9件、ポスター発表23件に加え、MLFの見学を行い、随所で活発な質疑応答が交わされました。今後の共同研究や連携強化への期待が高まる、実り多い一日となりました。
■ 出張授業
東大和市ヒガシヤマトみらい基地「サイエンスの森」(8月29日)
東大和市は東京都の北多摩地域に位置し、狭山丘陵に囲まれた多摩湖を有する、緑豊かなまちです。人口8万人強のコンパクトな都市でありながら、特定非営利活動法人「ヒガシヤマトみらい基地」は、「子どもたちの未来は、地域みんなで育てる」という理念のもと、子どもたちが地域の中で芸術や科学に触れ、本物に出会う機会をつくる活動を展開しています。
みらい基地が主催する「サイエンスの森2026」にて、小林隆センター長が「見えない粒子が宇宙の謎を解く」と題した講演を行いました。会場となった東大和市ハミングホール小ホールには、親子連れを中心に多くの来場者が訪れ、300席の大部分が埋まりました。講演では、小学生にも分かりやすい言葉を用いながら、目には見えない小さな素粒子の性質から、陽子を光速近くまで加速する加速器の仕組み、J-PARCの特徴、そしてニュートリノを利用した宇宙の謎の解明まで、幅広い内容が紹介されました。
講演後には、東大和市長の和地ひとみ氏、教育長の岡田博史氏、東大和ロータリークラブの木下富雄氏が加わり、座談会が開かれました。「子どもたちが科学に興味を持つためには、地域の中で本物に触れる機会を増やすことが大切」といった意見が交わされ、科学教育や地域で子どもたちを育てることについて考える貴重な時間となりました。
■ 加速器運転計画
10月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。
J-PARCさんぽ道 74 -雨粒とJ-PARC-
8月から9月にかけて、連日のように雨が続きました。夜、寝る前に聞こえてくる雨の音、あれは雨粒そのものが鳴らしているのではなく、屋根や地面に当たった衝突音です。道路の水たまりに目を向ければ、雨粒が落ちるたびに波紋が広がり、小さな飛沫が上がっています。このように、私たちの身の回りでは粒が何かに衝突することで、さまざまな現象が生まれています。
この衝突の規模を極めて巨大にした施設がJ-PARCです。J-PARCでは陽子を大量に作り、光の速度近くまで加速して標的に衝突させます。そこでは、中性子、ミュオン、ニュートリノ、K中間子といったさまざまな粒子が飛び出します。この粒子を利用し、物質のミクロな構造や性質の解明だけでなく、宇宙の仕組みという根源的な謎に迫ろうとしているのです。
