トピックス

2025.07.25

J-PARC News 第243号

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■ プレス発表

(1)高伝導性フラストレート磁性体における巨大ホール効果
 - 磁性体における異常ホール効果の新しい発現機構を実証 -(6月20日)

 磁性体におけるホール効果には、「正常ホール効果」と「異常ホール効果」があり、さらに異常ホール効果には「内因性機構」と、僅かな不純物により伝導電子がスピンの方向に応じて非対称に散乱される「外因性機構」があることがわかっています。近年、特殊な空間配置を持つ局在スピンの揺らぎがこの不純物散乱機構と同様な異常ホール効果を与えることが理論的に提唱され大きな注目を集めていますが、これまでに実験的研究はごく僅かな物質に限られていました。
 本研究では、低温で非常に高い伝導率を示すGdCu2(Gd:ガドリニウム、Cu:銅)の純良単結晶を作製し、物質・生命科学実験施設(MLF)の特殊環境微小単結晶中性子構造解析装置「千手」により、磁場中の急激な磁化の増大はスピンの立体角が変化するだけで、磁気構造の周期パターンは変化しないことを確かめました。また、磁性体に見られる通常の値の10〜100倍に相当するホール伝導率を観測し、符号反転を伴う複雑な磁場変化を示すことを発見しました。さらに、計算によりこの巨大ホール効果は、電子状態の急激な変化と、特殊なスピン空間配置に伴う揺らぎがもたらす新しい電子散乱機構で説明できることを示しました。
 本研究成果は、今後、高伝導性フラストレート磁性体の複雑なホール効果の微視的機構の理解と研究の拡大に大きく貢献すると期待されます。
詳しくはこちら(J-PARC HP)https://j-parc.jp/c/press-release/2025/06/20001564.html

 

 

(2)がんに関わる酵素の反応過程を捉えた!
 - 酵素反応の仕組みをX線と中性子を用いて観察 -(7月15日)

 生体内で生じる活性酸素種は、遺伝情報を担うDNAだけでなくその構成単位であるヌクレオチドも酸化します。がんに関わるヒトの酵素(MTH1)は、細胞内の酸化ヌクレオチド除去酵素として働く一方、がん細胞で高発現し、がん細胞を酸化ストレスから保護していると考えられています。この効果が報告されて以来、MTH1は新規作用機構の抗がん剤ターゲットとしても注目されています。
 本研究では放射光を用いたX線結晶構造解析とMLFの茨城県生命物質構造解析装置「iBIX」を用いた中性子結晶構造解析により、MTH1の基質・阻害剤結合部位の全原子構造を高精度で決定しました。また、MTH1の酵素反応過程を可視化することで、従来の研究手法で長年議論に留まっていた反応機構を明らかにしました。
 本研究で得られたMTH1の高精度構造に基づき、既存の阻害剤の改良や新規阻害剤の設計などが可能となり、新たな抗がん剤の創出につながることが期待されます。
詳しくはこちら(J-PARC HP)https://j-parc.jp/c/press-release/2025/07/15001586.html

 

 

■ J-PARCハローサイエンス「敵か味方か⁉ビームとガスの相互作用」(6月27日)

 加速器ディビジョンの山田逸平氏が加速器内のビームとガスの相互作用について紹介しました。
 J-PARCの陽子ビームは3つの加速器の中を最長でおよそ80万km走り、実験施設に向かいます。しかしこの時、ビーム経路にガスが存在すると、その分子に進行を邪魔されます。
 「どんなに頑張って真空状態を作り出してもガスの存在をゼロにすることが不可能ならば、そのガスを活用することはできないだろうか?」
 発想の転換から、真空容器内にシート状にしたガスをわずかに導入することで、ビームの断面形状が測定できるモニタを開発し、その有効性を実証しました。さらに、ビームがモニタを通過した際のビームへの影響に着目すると、ガス分子との相互作用でビームの拡がりが抑えられ、より高品質の大強度ビームを作ることができることもわかってきました。アイデア次第で、敵であったはずのガス分子は大強度加速器にとって強力な味方となり、J-PARCのさらなる発展に貢献していくことでしょう。

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■「エコフェスひたち2025」に出展(6月28日、日立シビックセンター等)

 エコフェスひたちは日立市が主催する県内最大級の環境イベントです。身近な材料を使った工作や実験のコーナーなど、体験型のブースがたくさん並んでいて、J-PARCも毎年参加しています。
 今回も低温セクションは磁石の滑り台と超伝導コースターの実演を行い、ブースには337名の方が足を運んでくださいました。金属の種類や温度で磁石の落下速度が変化する滑り台や、マイナス200℃近くまで冷やされた超伝導物質がマグネットのレールの上を滑るように駆け抜ける超伝導コースターに、幅広い世代の方々が「不思議」「面白い」と目を輝かせていました。

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■「エネルギーワークショップ」に出展(7月12日、イオン東海店)

 東海村発足70周年記念として、「光の未来をつくろう!エネルギーワークショップ」が行われました。発電のしくみの体験、VRでのバーチャル見学等のブースが設けられ、遊びながらエネルギーについて学べるイベントでした。
 J-PARCセンターからは、3つの加速器を模したイライラ迷路を出展し、子どもたちにJ-PARCに親しんでもらいました。この迷路では、成功者はなかなか現れませんでしたが、何度も挑戦してやっと通り抜けた小学4年生の男の子は、とても嬉しそうでした。また、J-PARCの模型の展示や施設公開のお知らせもしました。「8月の施設公開、見に行くのが楽しみです」という声を多く聞くことができました。

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■ J-PARC出張講座

 日立市立油縄子小学校(7月8日)

 「宇宙は何からできているのだろう~光」というテーマで素粒子原子核ディビジョンの三原智氏が講師を務めました。
 本出張授業は、油縄子小学校3年生の親子学習会として日立シビックセンターより依頼を受けたもので、34名の児童とその保護者は、親子で一緒に波や量子から光について学び、光の性質を応用したまんげきょうの工作を行いました。
 多くの「楽しかった!面白かった!」の声や「量子や光は波だと知った」「光の青と赤と緑が重なると白になるのはなぜか?」と言った感想もいただきました。

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■ ミュオンでコーフンクラブ 虎塚古墳と十五郎穴横穴墓群を見学(6月29日、ひたちなか市)

 梅雨とは思えない青空のもと、児童生徒20名、保護者、スタッフ合わせて44名が参加し、2025年度第2回宇宙線ミュオンで古墳を透視プロジェクトが行われました。今回の目的は舟塚2号墳と同じ前方後円墳である虎塚古墳を見学し、現在透視によって探索している石室のイメージを掴むことと、国指定史跡となった十五郎穴横穴墓群を見学することでした。
 まず、茨城大学人文社会科学部教授の田中裕氏から虎塚古墳と舟塚2号墳との類似点や石室についての説明などを受け、十五郎穴横穴墓群では東日本を代表する横穴墓群であることなどのお話しを伺いました。その結果、舟塚2号墳の石室の位置予想と虎塚古墳の石室位置の類似性から、透視結果への期待が高まりました。その後、ひたちなか市埋蔵文化財調査センターに移動し、虎塚古墳石室壁画のレプリカの前で同センターの稲田健一氏から、虎塚古墳の壁画や出土品の説明を受けました。
 田中氏や稲田氏への質問がとても多く、参加者の虎塚古墳や十五郎穴横穴墓群への関心の高さが感じられる見学会となりました。

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■ ご視察者など

 7月22日 赤松健 文部科学大臣政務官

 

≪お知らせ≫

■ 「J-PARC・原子力科学研究所 施設公開2025」のお知らせ(8月23日)

 8月23日(土)、「科学で拓く、明日の世界」と題し、J-PARC・原子力科学研究所が合同で施設公開を開催します。普段は見る事ができない実験施設、加速器などの見学(一部事前予約制)や、サイエンスカフェ、実験工作教室、キッチンカーなどもあります。是非お越しください!
詳しくはこちら(J-PARC・原子力科学研究所 施設公開2025特設ページ)https://j-parc.jp/OPEN_HOUSE/2025/

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J-PARCさんぽ道 60 -セミとキリギリス-

 J-PARCは自然の音にあふれた研究所です。朝早くは鳥の声、海が荒れている時は波の音が聞こえ、私たちは、それらの音に励まされ、癒され、時には畏敬の念を持ちながら日々の業務を行っています。
 そんなJ-PARC敷地内では、このコラムを執筆している7月22日現在、鳴く虫に異変が起きています。毎年、梅雨明けを待ちきれずに鳴くセミの声はまだ聞こえません。その代わり、建屋のそばの草むらからは、キリギリスがもう盛んに鳴いています。
 セミが鳴かなくなった理由には諸説あります。「今年は雨が少なく、土壌が潤わないまま気温が急上昇したので、セミが穴から出てくるタイミングを逃した」、「あまり高温になると、セミはそもそも鳴かない」などです。
 しかし高温でセミが鳴かない中で、なぜキリギリスは鳴くことができるのでしょうか。キリギリスが住む草むらの中は、セミが止まっている木の幹に比べ、直射日光が届かず、意外に涼しいのかもしれません。また、幼虫時代を地面の中で過ごすセミとは違い、成虫と同じように地上で過ごすキリギリスは、空梅雨の影響をあまり受けず、猛暑が続く中で脱皮をし、早々に成虫になった可能性もあります。
 J-PARCは大量の二次粒子を作りそれを試料に当てたり、二次粒子自体の性質を探ることで、自然界からのメッセージを理解する仕事をしています。それと同時に、身近な自然から届くメッセージにも、耳を傾けたいと思っています。

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