J-PARC News 第210号
■ハルヨ ステファヌス氏が優秀レビュアー賞を受賞
J-PARCセンター中性子利用セクションのハルヨ ステファヌス氏が、エルゼビア発行のActa Materialia とScripta Materialia のOutstanding Reviewer賞(優秀レビュアー賞)を受賞しました。この賞は、材料科学・工学の分野において著名な学術誌である2誌の質を維持するために貢献を行ってきた査読者の業績を表彰するものです。
学術誌に掲載される論文は、第三者の科学者が匿名でその内容を検討し、その学術誌への掲載の是非についての意見を編集者に伝え、場合によっては改訂のアドバイスを行うことが通例です。これが査読ですが、査読は科学の根幹です。エルゼビアとActaジャーナルでは、2021年に優れた査読を行った査読者を編集者が選出し、2022年の Outstanding Reviewer賞を授与しました。
■プレス発表
素粒子ミュオンにより非破壊で小惑星リュウグウの石の元素分析に成功
-太陽系を代表する新たな標準試料となる可能性-(9月23日)
小惑星探査機はやぶさ2が持ち帰ったリュウグウの石を分析した結果、水が液体の状態で発見されました。この水の中には二酸化炭素、有機物、塩が含まれていたことが判明し、小惑星が地球に衝突して海や生命の起源となった説を裏付けることになりました。
これは世界初の快挙であり、「小惑星探査機『はやぶさ2』初期分析 石の物質分析チーム 研究成果の科学誌『Science』論文掲載について」と題するプレスリリースが、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構、東北大学、KEK、J-PARCセンター、公益財団法人高輝度光科学研究センター、北海道大学、京都大学、九州大学、広島大学、東京大学によって行われました。
J-PARCにおける実験では、3番目に大きなサンプルが割り当てられ、昨年の6月から7月にかけての1週間程度、物質・生命科学実験施設(MLF)、ミュオン施設(MUSE)で発生する世界最高性能の負ミュオンビームを照射し、サンプルを一切破壊することなく、ミュオン特性X線のスペクトルを取得しました。その結果、リュウグウは太陽系における固体物質の化学組成の基準となっているCIコンドライトという種類の隕石と、おおむね似た組成をしていることが分かりました。リュウグウの石が太陽系において極めて始原的な物質であることを明確に示したことになります。さらに、酸素の含有量だけがCIコンドライトよりも25%少ないことも明らかになりました。これは、CIコンドライトが地球物質の汚染を受けていたことを示唆しており、リュウグウの石の方が太陽系を代表する物質としてより相応しい可能性があることが判明しました。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2022/09/23001011.html
小惑星探査機「はやぶさ2」初期分析 石の物質分析チーム 研究成果の科学誌「Science」論文掲載について https://j-parc.jp/c/press-release/2022/09/23001010.html
★J-PARCでの分析の様子はこちらからご覧いただけます。
J-PARC News 号外「小惑星リュウグウのサンプル J-PARCで分析開始」
https://j-parc.jp/c/topics/2021/07/15000718.html
★実際に使用したミュオン分析チェンバーをMLFのロビーに展示しました。
■J-PARCワークショップ「Progress for Fundamental Physics with Neutrons」を開催(9月28~29日)
J-PARCセンター、KEK物質構造科学研究所および素粒子原子核研究所が共催となり、「中性子を用いた基礎物理の展開」をKEK東海一号館及びJ-PARC研究棟で開催しました。中性子は電荷を持たない粒子であり、また低エネルギーでは重力に敏感で、波動性が顕著になるという特徴があります。これらの非常にユニークな性質を活かし、量子力学、重力から宇宙の成り立ちまで、現代物理学の根幹を支える様々な最先端の実験が行われています。本ワークショップは中性子を利用し基礎物理を推進している研究者の情報共有の場として開催されました。
ワークショップはハイブリッド形式で開催され、現地15名、リモート45名の参加がありました。国内外から合計16件の講演がなされたほか、今後の研究の方向性などが議論されました。また、開発された新しい装置や測定手法の物質研究への応用についても議論がなされました。これを機に、中性子を使った基礎物理研究が活発になることを期待しています。
■J-PARCハローサイエンス「茨城県装置iBIXで何ができる?」(9月30日)
今回のハローサイエンスは、茨城大学フロンティア応用原子科学研究センター県BL開発研究部門の日下勝弘教授が講師を務め、MLFに設置されている茨城県独自の2本の中性子ビームラインの一つ「iBIX(アイビックス=茨城県生命物質構造解析装置)」について紹介しました。この装置は、生物の体の中で多彩に働くタンパク質の立体構造を中性子の力で見ることができます。特に中性子を用いることでX線ではわかりにくい軽元素、とりわけタンパク質の機能に重要な水素原子の姿を良く調べることができる装置です。
タンパク質は水分や脂肪とともに人体の重要な構成材料のひとつで、20種類のアミノ酸が鎖状に多数連結した高分子化合物です。iBIXでは、散乱波(中性子)の干渉現象を利用して散乱体(原子)の空間的配置を知ることのできる中性子回折法を用いて、この多種多様な形を示すタンパク質の水素原子を含んだ立体構造を解析しています。日下先生は、iBIXの検出器をはじめとするビームライン機器の構造やしくみ等を紹介するとともに、セルロース分解酵素の反応機構やアミロイド病の原因タンパク質の線維化解明、糖尿病の血管障害の原因酵素における特異な水素の観測などの成果について語りました。私たちの身近な生活に役立つ副作用のない薬や酵素洗剤、食品への応用などが期待されています。
■大空マルシェ 2022に出展(10月1日、東海村)
東海村の秋のイベント「大空マルシェ」が4年ぶりに開催され、J-PARCセンターでもキッズコーナーに、紫外線で色が変化するビーズストラップの工作教室や超伝導コースターなどを出展しました。当センターのブースには500名を超える多くの親子連れが訪れ、超伝導物質の不思議なふるまいなどを楽しんでいただきました。
このマルシェは、伊勢神宮の分霊を祀る「大神宮」と、日本三体虚空蔵尊のひとつ「村松山虚空蔵堂」の境内と参道を会場に、東海村の文化と歴史の魅力を次世代に伝えるイベントです。歴史深く神聖な雰囲気の中で、ハンドメイドクラフトやワークショップ、フードコートやライブステージなど数多くのブースが立ち並び、好天にも恵まれて多くの来場者で賑わいました。
■KIPP(キップ)中目黒~中目黒小学校子ども教室~で講座を開催(10月8日)
10月8日、「世界最小?ふしぎなコマを作って、素粒子の世界に触れよう!」と題する講座を開催しました。参加者は、小学1年生~6年生の14名。地球ゴマを回したり、手作りゴマの重心を変えるとどうなるのかの実験を行いました。講師は、素粒子原子核ディビジョンの三部勉氏が務め、J-PARC でどのような研究を行っているか、コマと似た性質の素粒子について等の説明をしました。1年生も90分という長い時間、真剣に講義を聞いてくれました。また参加者からのアンケートでは、楽しかったとの感想をたくさんいただきました。
■那珂研究所施設見学会でJ-PARC出展(10月16日)
量子科学技術研究開発機構 那珂研究所の施設見学会で、J-PARCから「光のまんげきょうをつくろう」を出展しました。この出展は他のイベントでも行っており、好評をいただいています。
一般的な万華鏡は、中に入れたビーズやプラスチックのかけらなどが筒の内側の鏡に反射することで、幾重にも見えます。しかし「光のまんげきょう」では鏡やビーズは一切使いません。その代わり、覗くところに分光シートを貼ることで、底の部分にピンで開けた穴からの光が、虹色に輝きながら四方八方に広がって見えます。
この日は穏やかな秋の陽の中、大勢の方が見学会に訪れました。J-PARCのブースにも171名の親子連れが集まり、分光の原理を教わりながら、「光のまんげきょう」の工作実験をしました。
■国際線形加速器学会LINAC2022で優秀学生発表賞を受賞
素粒子ミュオンの性質を調べる研究グループは、異常磁気能率(g-2)と電気双極子能率(EDM)の精密測定のために必要な高エネルギーで高品質のミュオンビームをつくる実験を行なっています。この実験のコア技術の一つが、前例のないミュオン専用の線型加速器です。このたび、茨城大学大学院生の中沢雄河さんがミュオン専用の交差櫛型ドリフトチューブ線型加速器(IH-DTL)の実証研究について国際線形加速器学会LINAC2022でポスター発表を行い、優秀学生発表賞を受賞しました[*]。
IH-DTLはドリフトチューブ線型加速器(DTL)の一種で、特に低速度の粒子の加速に優れた性能を発揮することから、アルバレ型DTLがJ-PARC加速器の初段部でも採用されています。IH-DTLはアルバレ型よりも高い効率を持つDTLで、さらに粒子加速のための高周波電磁場によってビーム収束も行う手法(APF)を取り入れることで、低電流ビームに対してさらに高い性能を実現でき、これまでに重粒子線治療用線型加速器で採用されています。しかし、実績のある重イオンと比較して質量が10分の1以下のミュオンの加速は誤差電磁場による影響が大きく、g-2/EDM精密測定に必要な高品質加速が実現できるか未知数でした。そこで中沢さんは、ミュオン専用IH-DTLを試作し、電磁場測定や実際にミュオンを加速するのに必要な高周波電力の印加試験を行い、ミュオンの高品質加速の実現に必要なIH-DTL加速空洞技術を実証しました。本成果はLINAC2022の優秀学生発表賞に加え、Physics Review Accelerator and Beamsに掲載予定です。
本技術に立脚してミュオン専用IH-DTL実機を既に製作しており、調整試験を進めています[***]。ミュオン専用線型加速器はIH-DTLを含めて4種類の加速器から構成されており、IH-DTLの後の加速空洞についても実機製作が進んでいます。実験グループでは2027年の実験開始を目指し、ミュオン専用加速器を含めた実験準備を進めています。
[*] 国際線形加速器学会LINAC2022HP
https://www.cockcroft.ac.uk/2022/09/07/31st-international-linear-accelerator-conference-linac2022-delivered-in-liverpool/
[**] J-PARCフォトギャラリーより
https://j-parc.jp/c/photo_gallery/2022/03/ih-dtl-1.html
https://j-parc.jp/c/photo_gallery/2022/03/ih-dtl.html
★J-PARCフォトギャラリーはこちらからご覧ください。
https://j-parc.jp/c/photo_gallery/index.html
■加速器運転計画
11月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。
J-PARCさんぽ道 ㉘ -明るい秋の空とその下で-
J-PARCの上空一面にうろこ雲が現れました。一見、整然と並んでいるうろこ雲ですが、よく見ると同じ形のものはひとつもありません。
うろこ雲は空の面積の半分以上を覆っています。それなのにこの空は、雲ひとつない快晴の空よりも、明るく澄みきって見えます。そして空全体の奥行きをぐっと出しています。
巨大なMLFの建物に影ができています。影は長く薄く、輪郭はぼやけています。その影を追っていくと、陽が傾くにつれ、先へ先へと伸びていきます。
十五夜を過ぎた後もススキの穂は、自分のつけた種をより広く遠くに飛ばすため、まだ成長を続けます。
何もかも背伸びをしている、秋の夕方の風景です。