J-PARC News 第206号
■プレス発表
(1)素粒子ミュオンを用いた非破壊三次元元素分析に成功
-量子ビーム技術と宇宙観測検出器の出会いによる新技術開発-(4月26日)
大阪大学ラジオアイソトープ総合センター、東京大学、KEKの研究グループは、J-PARCのミュオン科学実験施設から得られる世界最高強度のパルス状のミュオンビームを利用して、物質の三次元的な元素分布を非破壊で可視化することに世界で初めて成功しました。本研究では、ミュオンを使った非破壊元素分析法と、宇宙観測用に開発されたイメージング検出器を組み合わせ、炭素に特定した元素分布の二次元の投影図を得ました。そしてこの投影図に医療診断でも利用される画像再構成の技術を応用することで、三次元的な元素分布を明らかにすることができました。この技術は軽元素も測定でき、文化財や瓶の中に入っている薬物など、破壊することができない貴重な試料についての分析も可能となり、基礎研究にとどまらない広い応用利用が期待できます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2022/04/26000931.html
(2)小さな原子の磁気をもっと小さな原子核の磁気と比べて測定する
-強い磁石の開発に役立つ簡便で正確な「原子の磁気」の新測定法の開発-(5月15日)
JAEA 等の研究チームは、原子核での中性子を用いて原子の持つ磁気の強さを測定する新たな手法を開発しました。核の磁気の大きさと比較することによって磁性元素のみを狙い撃ちにして測定するため、簡便で正確に決めることができます。核の磁気の発生は、J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)のダイナミクス解析装置「DNA」を用いて確認しました。この方法により、将来は強力な磁石に用いられる新物質の開発などに用いられることが期待できます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2022/05/15000945.html
(3)柔らかくて硬い!? 生体骨に近い特性の金属材料を開発
-ボーンプレートや人工関節への応用に期待-(5月19日)
超高齢化社会への進行に伴い、骨や関節の疾患治療のためのインプラント需要が高まっており、優れた生体材料の開発が求められています。東北大学大学院、東北大学金属材料研究所、JAEAの研究グループは、コバルトとクロムを主成分とし、アルミニウムとシリコンを添加したCo-Cr-Al-Si合金を新たに開発しました。一般的な生体用金属材料では低いヤング率(しなやかさ)と耐摩耗性(丈夫さ)の両方を備えることは難しいとされてきましたが、本合金では既存のCoCr合金に匹敵する高い耐摩耗性を有しながら、生体骨に近い極めて低いヤング率を、同時に実現しました。また、本合金は1.65%もの大きな変形に対して1,000万回以上の疲労寿命を示し、低いヤング率も維持されました。低いヤング率、高い耐食性、高い耐摩耗性、優れた超弾性特性の4拍子揃った生体材料を初めて実現したことにより、人工関節、ボーンプレート、歯科インプラント、脊髄固定器具等への応用が考えられます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2022/05/19000958.html
■J-PARC安全の日(5月23日)
2013年の放射性物質漏えい事故の教訓を風化させることなく、安全なJ-PARCを築く決意を新たにするため、毎年事故発生日である5月23日前後に「J-PARC安全の日」を開催しています。2022年度はリモートライブ形式により、350名が参加しました。
安全貢献賞、良好事例賞の表彰に続き、早稲田大学理工学術院 小松原明哲教授より「マニュアルを通じて現場力を向上:安全人間工学の考え方」との演題でご講演をいただきました。規則やマニュアルが守られない背景には、「知らない」、「出来ない」、「やる気がない」の3つの状況が考えられ、これらの状況は、作業者のスキルや必要な人員数を超える業務内容、認知バイアス、詳細なマニュアルの整備によって作業者が自ら考えることをしなくなった等の幅広い要因により生じており、具体的な対応策として業務プロセスの見直し、自省する習慣、マニュアルの背後にある原理原則の理解等が紹介されました。また、今回からの新たな試みとして、加速器施設、MLF、ハドロン実験施設、ニュートリノ実験施設の4施設における安全に関する取り組みが紹介され、全体での意見交換が行われました。
■J-PARCハローサイエンス「大強度陽子ビームの省エネ加速」(5月27日)
5月のハローサイエンスも、AYA'S LABORATORY量子ビーム研究センター(AQBRC)※においてオンライン併用で実施し、加速器ディビジョンの山本昌亘氏が講師を務めました。
J-PARCの加速器は様々な機器で構成されており、膨大な電力を使ってビームを加速しています。山本氏が担当する3GeVシンクロトロン加速器は、陽子を4億電子ボルトから30億電子ボルトに加速する役目を担っており、ビームを加速する高周波加速空胴は、3GeVシンクロトロン加速器の1MWのビームを作るのに必要な24MWのうち半分の12MWをも消費しています。ビーム強度を上げればもっと精密な実験ができるようになり、さらなる社会貢献ができるようになりますが、これまで以上に電力が必要になります。また、電源の増強は冷却設備、受電設備の増強も伴い、それらのインフラ整備に莫大な費用と時間がかかります。
そこで山本氏は、高周波加速空胴の設計を見直すことにしました。省電力化の試行錯誤を続けるうち、ビーム負荷電力を減らすべく加速空胴12台を全てシングルエンド型に交換すれば電力を大幅に節約できることがわかりました。もともと1MWを超えるビームを加速する手段を模索していた結果、1MWビームでも大幅に電力を削減できる副産物が得られたのです。固定観念にとらわれず、様々な方法を試してみることが大切と語りました。
※旧 いばらき量子ビーム研究センター(IQBRC)
■「ひらめき☆ときめき サイエンス KAKENHI 『世界最小のコマでわかる!?最先端物理学の世界』」を開催(6月18日)
近隣の都県から小学校5、6年生19人が参加し、素粒子ミュオンについて学んだ後、小学生初のミュオンビーム実習に臨みました。
身の回りの物を細かく見ていくと、最後には素粒子に行きつきます。J-PARCの MLFで研究しているミュオンには電荷があり、コマのような性質を持っています。参加者は磁石やコイルが作る磁界を調べる実験と、地球ゴマや手作りコマを回し歳差運動を観察する実験を通して、ミュオンにも磁石の性質があることを学びました。次にミュオンやα線、β線、γ線をとらえる霧箱を作って放射線を観測しました。そして、J-PARC施設の概要を聞いた後、ミュオン科学実験施設に入り、ミュオンビームを試料に照射する実験を体験しました。
MLFでミュオンビームを用いた実習をした小学生はこれが初めてです。参加者の皆さんが、素粒子に興味を持ち、将来、私たちJ-PARCスタッフと一緒に研究できることを楽しみにしています。
ひらめき☆ときめきサイエンスKAKENHIは大学や研究機関で科研費により行われている最先端の研究成果に、子供たちが直に見る、聞く、触れることで、科学の面白さを感じてもらうプログラムです。
■リチウムイオン電池の高性能化へ一歩前進 -負極のSEI被膜形成メカニズムを捉えることに成功-
豊田中央研究所の川浦宏之主任研究員のグループは、中性子利用セクションの山田悟史 高エネルギー加速器研究機構(KEK)准教授と共同で、MLFの中性子反射率計「SOFIA」を用いて、リチウムイオン二次電池の充放電動作環境下で負極と電解液の界面に形成されていくSEI(Solid Electrolyte Interphase)被膜の形成メカニズムを捉えることに成功しました。研究グループでは、透過力が高く、Li,C,O等の軽元素が検出可能な中性子線を用いて、非破壊で充放電動作中の電極のLi挿入・脱離とSEI被膜の形成過程を観察しました。硬X線光電子分光による解析を併用することにより、SEI被膜構造に変化を及ぼす電解液成分の影響を明らかにしました。リチウム電池の性能はSEI被膜によって大きく左右されるため、この成果から充放電サイクル特性などの電池の高性能化に貢献することが期待されます。
本研究成果は、日本化学会のBCSJ誌及びアメリカ化学会のACS Appl. Mater. Interfaces誌に掲載されました。
Bull. Chem. Soc. Jpn. 2020, 93, 854-861(https://doi.org/10.1246/bcsj.20200044)
ACS Appl. Mater. Interfaces 2022, 14, 21, 24526-24535(https://doi.org/10.1021/acsami.2c06471)
■加速器運転計画
7月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。
■J-PARCオンライン施設公開2022のお知らせ(8月27日)
J-PARCの施設公開は今年もオンラインで8月27日(土)に開催することが決定しました。詳細は次号でお知らせいたします。
J-PARCさんぽ道 ㉔ -今年は咲いたオオウメガサソウの花-
昨年このコラムでお知らせしたオオウメガサソウの情報をお届けします。今年は花が咲きました。咲いたのは1本の茎に咲いている2輪だけです。
オオウメガサソウの株は地下茎でつながっていて、原科研の群生地のいたるところに葉が出ています。スタッフは茨城県絶滅危惧種のこの葉を踏まないように慎重に足を運び、花にそっとカメラを向けます。こうしてみると、人の手や足やカメラに比べ、この花の小ささを改めて感じさせられます。
この花の名前の由来は、梅に似た花びらが傘のように下向きに付いていたからだと思われます。しかし咲き始めはうつむいていた花びらも日がたつにつれ上を向き始めます。
今年の関東地方の梅雨入りは6月6日でした。オオウメガサソウは松の根元に生える菌と共生しています。それまで降った雨は松の枝や葉の間に集まり、大粒の水滴となってこの1センチに満たない花の上にも容赦なく落ちます。それでもこの花は色落ちすることなく、徐々に頭をもち上げていきます。
昨年の「さんぽ道 ⑪ -花が咲き終わったオオウメガサソウ-」はこちらから。https://j-parc.jp/c/topics/2021/06/25000702.html