J-PARC News 第203号
■プレス発表
(1)非破壊でリチウムイオン二次電池の充電能力劣化の2次元定量分析に成功
-電池の長寿命化を阻害する劣化進行箇所を負極材の結晶相毎に検出し定量-(2月3日)
電気自動車などに使われるリチウムイオン電池は、充放電の繰り返しによる劣化が課題の1つです。リチウムイオンが正極から負極へ移動し、負極材であるグラファイトなどの層間に挿入されることで充電されます。充電能力の劣化原因の解析には、負極材中でリチウムイオンを保持する結晶の種類やその密度といった情報を、筐体から取り出すことなく得ることがポイントです。
産業技術総合研究所の木野主任研究員らは、J-PARCの特殊環境中性子回折装置「SPICA」を用いて、市販スマートフォン用のリチウムイオン電池の新品と劣化品のブラッグエッジイメージング計測を行いました。中性子透過率スペクトルにおいて、透過率が急激に変化する「エッジ」が現れる波長がLi1C6、Li0.5C6、Li0.04C6などの結晶構造の違いに対応し、エッジ高さがそれぞれの結晶の密度と関係します。スペクトルを2次元計測し、充電状態における電池内部の各結晶構造のリチウムイオンの密度分布を求めました。その結果、劣化した電池ではリチウムイオン量の小さい結晶が偏在して分布する様子が観測され、劣化が電池内部で一様でなく部分的に進んでいくことが分かりました。今後、J-PARCの大強度ビームを生かした、電池を動作させた状態での「オペランド観察」を行うことで、電池の長寿命化につながることが期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2022/02/03000807.html
(2)ハイドロゲルの流動性をDNAで予測・制御する-細胞培地や注入型ゲル薬剤など、医療への応用に期待-(2月17日)
ハイドロゲルは、ヨーグルトやスライムなどに代表される、柔らかく、流動性を示す材料で、人工硝子体や癒着防止材などの医用材料としても応用されています。医用材料への応用には、その流動性を予測・制御することが重要です。ハイドロゲルは高分子を3次元的に架橋することで作られ、流動性は架橋の安定性を調整することで制御できますが、これまで生理的条件下では、架橋の安定性を狙ったとおりに制御することは難しかったのです。
北海道大学の李准教授らは、DNAが作る二重らせん構造の安定性がDNAの塩基配列に大きく左右されることに着目し、DNA二重らせん構造で架橋された新しいハイドロゲルを作製することで、ゲルの流動性を自在に制御できるのではないかと考えました。本研究で、二重らせん構造の安定性とゲルの流動性の間に相関があることを示すとともに、J-PARCの「大観」を用いた小角中性子散乱測定により、温度が変わり、ゲルからゾル状態へと流動性が変化しても、散乱ピーク位置は変わらず、DNAが一定の距離を保ち、秩序立った網目構造が形成されていることが分かりました。本成果により、生体に近い流動性をもつ細胞培養培地や注射可能なゲル材料などの医療分野への応用が期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2022/02/17000833.html
■「第16回東海フォーラム」東海地区から未来に向けて~最先端研究と廃止措置技術~(2月28日~動画公開)
東海フォーラムは、東海村等地域の皆様に日本原子力研究開発機構の活動状況を理解していただくため、核燃料サイクル工学研究所、原子力科学研究所及びJ-PARCセンターの最新の研究成果等を紹介するもので、今回も録画映像での報告になりました。
冒頭、大井川理事の挨拶と各研究所の概要について紹介がありました。J-PARCからは小林センター長が3つの加速器の構成や特徴の説明、物質・生命科学実験施設(MLF)での研究成果としてリチウムイオンニ次電池の高性能化、緒方洪庵の薬瓶やはやぶさ2が持ち帰った小惑星リュウグウサンプルの非破壊分析、ステライルニュートリノ実験の開始、中性子星に似た状態を作り出す実験、ニュートリノのT2K実験の高性能化等の紹介がありました。続いて中性子源セクション粉川研究副主幹から、「J-PARCにおける水銀ターゲット容器の損傷抑制技術の開発」と題して、陽子ビーム入射によって水銀中に発生する衝撃圧力で起こる容器の損傷を、クッションの役割を果たすマイクロバブルを水銀に注入することで抑制し、世界一の強度の中性子を安定的に供給する水銀ターゲットの開発過程が紹介されました。
核燃料サイクル工学研究所ホームページからご覧ください。https://www.jaea.go.jp/04/ztokai/forum/
■IAC等、国際諮問委員会を開催(2月2日~3月4日)
国内外の専門家からJ-PARCの活動状況、将来計画に関する助言を受ける一連の国際諮問委員会が行われました。核変換実験施設(T-TAC)、ミュオン実験施設(MAC)、中性子実験施設(NAC)、加速器施設(A-TAC)の4委員会が2月2日から21日まで行われた後、これらの報告を含めた国際諮問委員会(IAC)が3月3日と4日に開催されました。IACでは、J-PARC全体について、前回委員会から受けた提言への対応の報告を行い、委員からはJ-PARCの広範な活動に対して高い評価と新たな提言がありました。今回から、人文社会学系の委員が二名参加し、委員からはJ-PARCの広報活動とコミュニケーションが非常に高いレベルにあり、J-PARCの社会的貢献の認知度向上に大きく寄与しているとの評価をいただきました。
■2021年度量子ビームサイエンスフェスタを開催(3月7日~9日)
第13回MLFシンポジウム、第39回PF※シンポジウム
KEK物質構造科学研究所、J-PARCセンター、総合科学研究機構、PFユーザーアソシエーション、J-PARC MLF利用者懇談会が毎年主催しています。MLFとPFのユーザーを中心に、オンラインで522名が参加しました。MLFシンポジウムでは、ミュオンの新実験エリアS2の紹介、機械学習の導入、MLF実験装置の遠隔化・自動化やJRR-3との相補利用等の報告がありました。また、アンケート結果に基づくMLFへの要望がMLF利用者懇談会によりまとめられ、それに対するMLFの状況や対応方針について意見交換が行われました。量子ビームサイエンスフェスタでは、放射光を使用した分子地球化学、ホイスラー型形状記憶合金の特異なマルテンサイト変態の2つの基調講演が行われた後、オペランド、材料、生命、基礎物理、物性をキーワードとしたパラレルセッションに加え、量子ビームライン高度化の成果を含む約250件のポスター発表等の報告がありました。またPFシンポジウムでは、ビームラインの高度化や将来計画等の紹介がありました。
※KEK放射光実験施設
■J-PARCハローサイエンス「陽子ビームで探る高エネルギー核反応」(2月25日)
講師は核変換ディビジョンの岩元大樹氏で、オンラインで22名の参加がありました。 J-PARCでは、高エネルギーの陽子と原子核との核破砕反応で生まれる二次粒子を利用して様々な研究開発が行われており、放射性廃棄物を減らす核変換研究もその一つです。核破砕反応では放射性廃棄物の核変換で重要な役割を演じる中性子のほかに、取り扱いの厄介な核破砕生成物もできるため、核変換研究を進めていくためには中性子とともに核破砕生成物を正確に予測することが重要になります。 講演では、陽子ビームを物質に当てて核破砕反応が起こる仕組みとJ-PARCの陽子ビームを用いて行われている中性子や核破砕生成物を測定する実験が紹介されました。さらに、機械学習などのデータサイエンス・AI技術を取り入れて予測精度を高める研究についても紹介されました。
■加速器運転計画
4月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。
■お知らせ
(1)第2回J-PARCオンライン講演会(3月25日午後1時30分~3時、YouTubeライブ配信予定)
「素粒子クォークが作り上げた宇宙の多彩な物質-その解明に挑むJ-PARC-」をYouTubeライブ配信します。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。http://www.j-parc.jp/c/information/2022/02/28000836.html
(2)国立科学博物館企画展アーカイブ動画公開
2021年7月~10月に国立科学博物館で開催された企画展「加速器 -とてつもなく大きな実験施設で宇宙と物質と生命の謎に挑んでみた-」のアーカイブ動画が公開されました。
YouTubeかはくチャンネルからご覧ください。https://www.youtube.com/playlist?list=PL38SvBUmO1PdX03EMyU2PstodT263832U
(3)J-PARCハローサイエンスをライブ配信(4月22日18時~19時)
4月のハローサイエンス「大強度陽子加速器施設J-PARCで探る宇宙と物質のなぞ」(講師:小林隆J-PARCセンター長)は、政府による科学技術週間の行事の一環として、YouTube KEKチャンネルでライブ配信をします。詳細は近くなりましたら、ホームページでご案内します。
J-PARCさんぽ道 ㉑ -どんぐりの根付き-
今年の冬は寒く、春一番が吹いたのは去年よりも1か月以上遅くなりました。それを境に気温が急激に上がり、風の強い日が続いています。今日もJ-PARC研究棟から見える太平洋は一面の白波に覆われ、雲はちぎれながら飛び交い、隣の石炭火力発電所の煙も真横にたなびきます。研究棟のすぐ下に広がる森でも木々の枝が音を立てて揺れ、鳥の水飲み場の小さな池にさえ、僅かながら、さざ波が立っています。しかし、その森の下では、静かな時が流れているのをご存知でしょうか。この森に多いコナラのどんぐりは、この時期になると強い風にも流されず、じっと根と芽を出す準備をしています。
晩秋は「どんぐりころころ」の季節です。その頃のどんぐりの皮には、多くの水分と油分が含まれ、程よい硬さと弾力性を兼ね備えています。風がない日でもどんぐりの実は音を立てて落ち、ちょっとした傾斜でもジャンプを繰り返しながら遠くまで転がっていきます。それだけではありません。どんぐりの紡錘形と頭にかぶっている帽子は、どんぐりの実の進行方向をランダムにし、できるだけ広い範囲まで子孫を残そうとする戦略だと言われています。冬になると皮から水分と油分は抜け、弾力がなくなり、どんぐりはその場に留まるようになります。春一番が吹いた後、運よく日なたにいたどんぐりは、かさかさになった表の硬い皮が割れ、中にあるもう一枚の薄い皮を覗かせます。薄い皮が黄緑から赤く変わった頃、根が伸び始め、先端が土の中に潜るようになります。
スギ花粉が飛び交う中、春分の日が近づいた日差しが力強く照りつけ、木々のはっきりした影を残します。葉を落とした木々の枝にはごく薄いピンクがかった芽が少し膨らんでいます。どんぐりが根付くこの3月は、一年のうちで一番明るい季節です。