J-PARC News 第198号
■加速器ディビジョンの大谷氏がC.N. Yang賞を受賞
加速器第七セクションの大谷将士氏が、ミュオン線型加速器の開発と世界初のミュオン加速の実現で、C.N. Yang賞を受賞しました。本賞はAAPPS初代会長でノーベル物理学賞受賞者の Chen Ning Yang博士の功績を称え設立された賞で、顕著な業績をあげた若手研究者を奨励し、アジア太平洋地域の物理学を担う次世代のリーダーを表彰することを目的としています。
大谷氏は、金属薄膜にミュオンを入射することで簡便に1keV以下まで減速することが可能な負ミュオニウムイオン (正電荷を持つミュオンと電子2個の束縛状態)生成の後に高周波四重極加速器RFQで加速するという独自の手法で、数十年前からの課題であったミュオン加速に世界で初めて成功しました。ミュオン加速技術はJ-PARC 物質・生命科学実験施設(MLF)で準備が進んでいるミュオン異常磁気能率の精密測定実験に不可欠な技術で、本技術に立脚したミュオン線型加速器の開発が進んでおり、実機製作・詳細設計を行っています。
■プレス発表
(1)超伝導体においてスピン配列の制御を実現
-高速・低消費電力な超伝導メモリーなどへの応用に期待-(9月7日)
「量子力学」で記述される分子や原子レベル以下の世界で起こる不思議な現象を利用する「量子技術」の研究開発が盛んに行われています。例えば、量子コンピューターの「量子ビット」を実現するために超伝導材料が注目されている一方で、メモリー機能などは磁性(スピン:物質中の電子が持つ磁石の性質)を利用した技術が先行しています。超伝導と磁性の両方の機能を利用できれば、量子コンピューターの性能向上や、メモリーの新機能の創出につながると期待されますが、超伝導と磁性は、同じ物質の中で共存しにくいのです。
産業技術総合研究所の石田主任研究員らは、以前に超伝導体としては高い温度で超伝導と磁性が共存することを発見した鉄系磁性高温超伝導体EuRbFe4As4について、J-PARCの特殊環境微小単結晶中性子構造解析装置(SENJU)を用いて、中性子磁気回折実験により物質内部の磁性の情報を調べました。この物質に強い外部磁場をかけると物質内に磁場が侵入し、一様でなく量子化された状態(磁束量子)で離散的に物質内部にとらえられ、この磁束量子により、物質中のスピンの向きが同じ向きに整列します。従来の予想に反し、磁場をゼロに戻しても、物質内部にとらえられた磁束量子により、スピンの整列が維持されることが、本研究で示されました。さらに、磁束量子を用いて、物質内部のスピンの配列を制御することにも成功しました。高速・低消費電力のオール超伝導回路デバイスの実現につながることが期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/09/07000740.html
(2)中性子で人工ガラス膜境界面の意外な機能「高い接合性」に迫る
-偏極中性子反射率法によるガラスコーティング膜の非破壊精密分析-(9月21日)
表面コーティング材料として注目されるセラミックス前駆体無機高分子(PHPS)は、室温・大気中で高純度なシリカガラス膜(PDS膜)へと容易に転化する優れた材料ですが、多種多様な材料に接合性の高いシリカガラスコーティング膜を形成できる理由は謎でした。中性子は物質を透過する力が高く、試料内部に深く埋め込まれたPDS膜の分析も可能です。非破壊的な薄膜の構造解析が可能な中性子反射率法は、この謎に迫る有力な手法です。しかし、中性子には試料中の水素により非干渉性散乱(物質による回折以外の散乱)され、バックグラウンドを高めてしまう性質もあります。
総合科学研究機構(CROSS)の阿久津技師らは、J-PARCの偏極中性子反射率計(写楽)において、中性子偏極度解析法を用いてバックグラウンドを取り除き、質の高い中性子反射率データを取得する方法を開発しました。この方法を用いた測定により、PDS膜は高密度シリカガラス層の表面に4nm程度のシリカガラス/ポリプロピレンの‘混合層’も形成していることが明らかとなり、これが高い接合性に重要な役割を担っていることが見出されました。今後、この知見がセルロース等の天然資源材料へのPHPSコーティング法の開発・研究に活用されることとともに、本研究で開発した中性子偏極度解析法の技術が様々な材料の構造や機能の解明に貢献していくことが期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/09/21000742.html
(3)複数の量子ビーム施設で活動する産学施設連携アライアンスを結成
-産業界における量子ビーム利用者の育成と産業利用成果の最大化を目指す-(9月30日)
京都大学研究者を中心とした学術研究者、高分子・ソフトマター業界を中心とする産業界16企業、大型の量子ビーム施設(SPring-8、JRR-3、J-PARC)の三者が連携し、産業界における量子ビーム利用者の育成と、多種の量子ビームを用いた産業利用成果の最大化を目指した産学施設連携組織「量子ビーム分析アライアンス」(代表:竹中幹人;京都大学化学研究所 教授)が結成されました。本年6月には、MLFにおける中性子反射率測定の共同実験、および技術研修を実施しており、参加企業メンバーの量子ビーム利用技術習得を目指した活動を行いました。今後も連携を推進し、量子ビームを用いた優れた産業利用成果の創出を目指します。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/09/30000745.html
■第5回文理融合シンポジウムを開催(9月9、10日)
J-PARCのMLFで発生する世界最高強度の負ミュオンビームは、文化財をはじめとする人文科学の研究にも活用できます。高エネルギー加速器研究機構 物質構造研究所では、文理融合研究をさらに推進するため、放射光や中性子とともに、負ミュオンビームを利用する研究者が一堂に介して考古学、分析技術等を紹介する文理融合シンポジウムを開催しています。本シンポジウムは2019年度から開催され、今回は5回目として「量子ビームで歴史を探る-加速器が紡ぐ文理融合の地平-」との題名で、オンラインで開催されました。
本シンポジウムでは、量子ビームを専門とする研究者に加え、非破壊分析に興味を持つ大学や博物館などから考古学や文化財科学研究者や一般の方々も参加し、参加登録者数は82名、口頭発表は14件になりました。分析対象は、小惑星リュウグウの石から土器、石器、青銅器、DNA、文字、絵画、日本刀等、多岐にわたり紹介されました。
■国立科学博物館企画展が終了
7月13日から開催してきた国立科学博物館企画展「加速器 -とてつもなく大きな実験施設で宇宙と物質と生命の謎に挑んでみた-」が10月3日で終了しました。コロナ禍にも関わらず、期間中の入場者数は78,272名でした。
ご来場いただいた皆様、ありがとうございました。
■復興庁 由良統括官ご視察(10月1日)
復興庁の由良統括官をはじめ5名の方が原子力科学研究所に来所され、J-PARCのMLFをご視察されました。大井川JAEA理事、幅KEK理事、遠藤原子力科学研究所長、小林J-PARCセンター長らが説明、同行しました。由良統括官からは、中性子ビームの照射時間、遮蔽体の仕様など、中性子の発生や放射線防護の観点から技術的な質問が出されました。
■J-PARCハローサイエンス「ニュートリノをたくさん作って調べる」(9月24日)
9月の「J-PARCハローサイエンス」も茨城県に緊急事態宣言が継続されていたため、オンラインのみでの開催となり、24名の参加者がありました。講師は素粒子原子核ディビジョンの中平武氏です。
ニュートリノは素粒子の一種で、非常に小さく電荷を持たないため、他の物質とほとんど反応せず、観測が難しい物質です。また、ニュートリノには電子型、ミュー型、タウ型の3種類があり、それぞれのニュートリノが飛んでいく間に別の型に変化するニュートリノ振動が知られています。J-PARCで人工的に作られたミュー型ニュートリノは295km離れた岐阜県のスーパーカミオカンデへ向けて打ち込まれ、電子型ニュートリノに変化する現象を観測することに、世界で初めて成功しました。現在は、宇宙創生時に生まれた反物質が現在なくなった謎を解く鍵とされる「CP対称性の破れ」という現象を見つけるため、反ニュートリノを生成してスーパーカミオカンデに打ち込み、反ニュートリノ振動を起こさせ、ニュートリノ振動との違いを明らかにする実験を行っています。さらに将来はより高精度な実験を行うため、より多くのニュートリノを検出できるハイパーカミオカンデの紹介や、より多くのニュートリノを打ち込めるニュートリノ施設の性能向上の紹介がありました。
≪お知らせ≫
■J-PARCオンライン施設公開2021
「今年もオンラインで潜入~ふだん見られないところをのぞいてみよう~」を開催します
11月13日(土)10:00~ YouTubeライブ配信スタート
今年もオンラインで施設公開を行います。オンラインだから見られる実験施設からの実況中継や研究者のトーク、特別講演、研究者への質問コーナーがあります。また、キッズページとして、入門編動画、工作動画等もアップします。
タイムテーブル等はこちらをご覧ください。https://j-parc.jp/c/OPEN_HOUSE/2021/
この機会に、ぜひチャンネル登録をお願いします。
秋の夕方、原子力科学研究所敷地内の高圧鉄塔の電線に、カラスが集まってきます。カラスたちは春、子育てのために巣を作って家族単位で行動するのですが、秋から冬にかけては、電線の上に集まり、揃ってねぐらに向かいます。電線に一旦集合する目的は、食料がある場所の情報交換をするため、ねぐらに天敵がいないかどうかみんなで確認するため、独身のカラスが新しいパートナーを見つけるため、などと言われています。
透明なオレンジ色の空を背景に、数百羽の漆黒のカラスが電線にぎっしりと並ぶさまは、私たちから見ると圧倒されるものがあり、かつ不気味でもあります。
電線のカラスからは、漆黒の森となった原科研の敷地が一望できます。その中に輝く、家路を急ぐ数十台の車が一列に整然と並ぶヘッドライトの光の帯は、カラスたちから見ると圧倒されるものがあり、かつ不気味でもあるはずです。
それでも、カラスも人も、この圧倒的で不気味な風景の先に、穏やかで平凡な時間を求めていることには変わりありません。