J-PARC News 第196号
■プレス発表
(1)宇宙線のミュオンと中性子が引き起こす半導体ソフトエラーの違いを解明
環境放射線に対する効果的な評価・対策技術の構築に向けて(7月16日)
現在のデジタル技術に立脚した社会基盤に不可欠な半導体デバイスは、宇宙線によって中の電子情報が書き換わってしまう「ソフトエラー」と呼ばれる現象が起こる問題があります。従来は宇宙線の中の中性子が問題視されていましたが、半導体デバイスの微細化・低電圧化に伴い、宇宙線ミュオンによるソフトエラーが懸念され始めています。
株式会社ソシオネクストの加藤貴志氏らは、動作させた状態の半導体デバイスに中性子やミュオンビームを照射して、ソフトエラーの発生確率および複数ビットエラー発生の傾向を解析しました。ミュオンの照射実験には、J-PARC 物質・生命科学実験施設(MLF) MUSEの負および正ミュオンビームを用いました。電源電圧の変化に伴うソフトエラー発生確率・複数ビットエラー発生割合の変化は、図のように、ミュオンと中性子で明確に異なることが明らかになりました。さらに、負ミュオンと中性子による複数ビットエラーが異なる特徴を持ち、それが、それぞれの粒子が原子核と反応して生成する二次イオンの特性が異なることに由来しているらしいことが見えてきました。本成果がソフトエラー対策技術の開発につながると期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/07/16000719.html
(2)最先端超伝導検出器で探るミュオン原子形成過程の全貌
-負ミュオン・電子・原子核の織り成すフェムト秒ダイナミクス-(7月26日)
原子を構成する電子のひとつを負ミュオンに置き換えた「ミュオン原子」は加速器を用いた量子ビームによって人工的に生成することができ、特殊な環境下でミュオン・電子・原子核の関わる様々な現象や性質を調べるのに役立つため基礎物理や放射化学の分野で重要な研究対象となっています。形成直後のきわめて短い時間で複雑な反応を起こすため、その形成メカニズムにはいまだ明らかにされていない部分が多くあります。
理化学研究所の奥村拓馬 特別研究員らは、ミュオン原子が形成される瞬間、そしてその直後に何が起こっているのかを明らかにするために、きわめて高い分解能でX線のエネルギーを測定できる超伝導転移端マイクロカロリメータを使ってミュオン鉄原子から放出される「電子特性X線」のエネルギースペクトルを精密に測定しました。実験はJ-PARC MLF MUSEの大強度パルスミュオンビームを用いて行いました。電子特性X線のエネルギースペクトルから、ミュオン原子に含まれる電子の配置や数の情報を得ることができます。エネルギースペクトルの詳細な解析と理論計算とを組み合わせることで、ミュオン鉄原子が生成後にどのような過程をたどって安定な状態に至るのかをはじめて明らかにしました。この研究は、極限環境下における量子電磁力学の精密検証という基礎科学研究につながると同時に、物質科学研究にも役立つことが期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/07/26000726.html
■ANSTOとの中性子科学分野の相互協力に関するワークショップの開催(7月30日)
オーストラリア原子力科学技術機構(ANSTO)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)及び日本原子力研究開発機構(JAEA)は、中性子科学分野の相互協力に関する取決めを2015年から締結していますが、本年2月に、総合科学研究機構(CROSS)を新たに加えた4機関で、有効期間を5年とする新しい協力取決めを締結しました。新しい取決めの締結を記念し、7月30日にオンラインによるANSTOとのワークショップを開催しました。ワークショップでは、これまでの協力の成果を振り返るとともに、今後の協力の3つの重点分野(ダイナミクス計測装置、構造計測装置及び中性子関連技術)について、今後さらにワークショップを開催し、議論を深めていくことを確認しました。
※ANSTOは、高性能研究炉OPALを2007年に稼働させ、J-PARC MLFと並び中性子の先端施設として、多くのユーザーを集める国際性の高い研究機関です。先進的試料環境装置についての豊富な知見や国立重水素化施設NDFでの試料合成など、J-PARCが手本とすべき分野も多く、情報交換も活発に行っています。
■J-PARCハローサイエンス「ミュオンで視る」(7月30日)
7月開催の「J-PARCハローサイエンス」は、アイヴィルの会場での対面による講義形式とオンラインとの併用となり、会場11名、オンライン10名の方の参加がありました。
講師は、KEK物構研特別教授、J-PARCミュオンセクションの三宅康博氏です。
ミュオンは軽い元素にもよく反応し、透過能力が非常に高く物質の奥まで入り込むことができるので、試料を破壊せずに内部の元素を調べることができます。特にJ-PARCでは世界最高強度のパルス状、負ミュオンビームを発生させることができ、試料の内部を任意の深さで測定したり、ごく小さい試料の測定も可能です。
この性質を利用した文化財の解析として、緒方洪庵の「開かずの薬瓶」をガラスの外から照射して内容物を評価した結果や、小判の表層付近に金濃縮を施し、黄金色に見せる"色付(色揚)"を明らかにした実験結果が紹介されました。つい最近では、はやぶさ2が持ち帰った小惑星リュウグウのごく小さいサンプルを解析し、生命の元が地球に持ち込まれた起源を知るヒントになる旨の説明がありました。さらに、半導体のソフトエラーの評価に対しても紹介がありました。
■東海村エンジョイ・サマースクール2021で「傾いたまま回るコマを作ろう!」の講座を開催(8月2、6、24日)
毎年東海村が主催するエンジョイ・サマースクールで、J-PARCでは、コマを作る講座を開催しました。小学校5、6年生を対象に、8月2日は白方コミュニティセンター、6日は東海村図書館、24日は茨城県に緊急事態宣言が発出されたためにオンラインで行いました。
まず、磁石を置いたり、コイルに電流を流した時に、周りの方位磁石の向きが変わることを調べ、電気と磁気の関係を学びました。次に、地球ゴマを傾いたままで回したり、コマの重心を変えることによりコマの首振り運動(歳差運動)が変化することを確かめました。コマの歳差運動はJ-PARCで研究している素粒子が持つスピンの振る舞いと類似していて、 参加者の皆さんはこの実験でJ-PARCの研究の一部に足を踏み入れたことになります。
■こども霞が関見学デー2021で「光のまんげきょうをつくろう」工作教室にオンラインで参加(8月18、19日)
「こども霞が関見学デー」は、霞が関に所在する各府省庁が連携し、所管の業務を紹介することにより、夏休み中の子供たちに広く社会を知ってもらうための取組みです。今年はオンラインを中心に実施され、文部科学省内の日本原子力研究開発機構のブースに集まった小学生たちは、J-PARC研究棟のスタッフからオンラインで説明を受けながら、光のまんげきょうを作り、分光の原理を学びました。
参加者の皆さんには、まず黒い紙に星形に穴を開けて、厚紙で作った四角い筒に分光シートを貼った紙と星形の穴が開いた紙をかぶせ、まんげきょうを作ってもらいます。まんげきょうを覗きながら照明に向けると、星形の穴の上下左右に虹色の光が見えます。自分で作ったまんげきょうで、青空や家の照明などを観察し、中に広がるいろいろな景色を楽しんでもらえたらと思います。
ここ東海村は文字通り東側に海が広がり、水平線から日の出が見られる場所です。虹は太陽と反対側に見えるので、夕方、雨上がりに現れる虹は、海の上に架かることになります。
8月は梅雨時のような長雨が続きました。雨の中では、J-PARC研究棟から見える水平線は霞んでいます。雨が止んだ後も、しばらくは細かい雨粒が空中に浮かんでいますので、やはり水平線ははっきりとは見えません。
この日の夕方、雨が弱まり薄日が差したので、担当スタッフはこのコラムの写真を撮りに、J-PARC研究棟4階の給湯室に向かいました。海の上に見事な二重の虹が架かっています。写真初心者のスタッフが一眼レフのカメラを虹に向けて早速シャッターボタンを押したのですが、シャッターは切れません。虹には実体がなく虚像なので、ピントを合わせる対象がなかったのです。そこで南側にある東京電力火力発電所の建物にレンズを向け、この写真を撮りました。
内側に架かる主虹の中はたいへん明るく、それまでの雨で濁った海の水や風で倒された木々の無残な姿を映し出しています。その中で、発電施設の建物だけは、雨に洗われ、僅かに夕日でオレンジ色に染まりながら、凛々しい姿を輝かせていました。