トピックス

2021.03.26

J-PARC News 第191号

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■J-PARCセンター長交替のお知らせ

 齊藤直人センター長が任期満了のため、この3月末をもって退任いたします。

退任挨拶

 私は、この3月31日をもって6年間にわたるセンター長としての任期を満了し、4月からはつくばキャンパスに勤務することになりました。この場をお借りしまして、これまでの皆様の深いご理解と暖かいご支援に、心から感謝申し上げます。なお、J-PARCには4月以降も引き続き、研究者として関わり続けることになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
後任は、現素粒子原子核ディビジョン長の小林隆氏に決定しています。引き続き、J-PARCへのご支援を衷心よりお願い申し上げます。

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■明午伸一郎氏、岩元洋介氏、松田洋樹氏が日本原子力学会「論文賞」受賞(3月17日)

 J-PARCセンターの明午氏、松田氏、JAEA 原子力基礎工学研究センターの岩元氏の3名は、3月17~19 日に開催された日本原子力学会2021年春の年会において、論文賞を受賞しました。論文名は、「Measurement of displacement cross-sections of copper and iron for proton with kinetic energies in the range 0.4-3GeV(運動エネルギー領域0.4-3GeVの陽子における銅および鉄の弾き出し断面積測定)」です。近年、放射線による材料の弾き出し断面積を電気抵抗の変化から実験的に求める手法が開発されましたが、極低温下(4K程度)での測定が不可欠でした。明午氏らは、大型冷凍機の設置が困難な加速器施設でこの手法を適用するため、小型のヘリウム冷凍機を用いる工夫を行い、RCS(3GeV シンクロトロン)加速器で0.4-3GeVに加速した陽子ビームを用いてADSのビーム窓などの材料に使われる鉄と銅の弾き出し断面積を測定し、論文にまとめました。今回の受賞は、この成果が高く評価されたものです。
※加速器駆動核変換システム

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■低温高圧下で新しい氷の相(氷XIX)を発見(2月19日、プレス発表)

 H2O分子からなる氷は、その分子の並び方によってたくさんの異なる結晶構造をとります(各相には発見順にローマ数字が割り振られる)。そのような多彩性は、酸素の並び(骨格)の違いや、骨格内の水素の分布の仕方によって生まれます。たとえば、同じ骨格でも、隣りあう酸素の間の2つの席のひとつに、水素が結晶全体にわたってある方向に偏って分布する場合(秩序相)と、偏らずに分布する場合(無秩序相)があります。一般に低温にすると、無秩序相から秩序相に変化しますが、これまでその秩序化の仕方は一通りしかないと考えられてきました(無秩序相に対して決まった秩序相が存在する)。近年、一つの無秩序相(氷VI)から2つの秩序相が形成される可能性が指摘され、その真偽が議論の的となっていました。山根崚氏(当時、東京大学大学院生)らは、それを確かめるために、低温高圧下で誘電率を測定できる高圧セルを開発し、氷VIの誘電率測定を行いました。その結果、氷VIを冷やしていくと、圧力条件によって異なる2つの秩序相が存在する兆候を見つけました。その兆候を検証するために、氷結晶中の水素の配置を直接的に調べることができる中性子回折実験を行いました。実験は、東京大学で開発された低温高圧発生装置(Mito system)を用いて、J-PARC の物質・生命科学実験施設(MLF)にある高圧ビームラインPLANETで行われました。高圧下(1.6万気圧および2.2万気圧)において、氷VIを冷やしていくと、これまで報告されている秩序相(氷XV)では説明できないピークが中性子回折パターンに現れました。この結果は、これまでの「一つの無秩序相には一つの秩序相が存在する」という常識を覆す第2の秩序相を示すもので、この相は氷XIXと名づけられました。皆さんに身近な氷ですが、低温高圧下にはまだまだ知られていないものがあり、今回の発見がさらなる氷の構造の多様性を見出すきっかけになると期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/02/19000656.html

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■稀少な超原子核「グザイ核」の質量を初めて決定-原子核の成り立ちや中性子星の構造を理解する新たな知見-(3月2日、プレス発表)

 私達の身のまわりに様々な物質が存在するのは、軽い原子核から重い原子核まで、多種多様な原子核を持つ原子が存在するからです。多種多様な原子核の成り立ちを知るカギとなるのは、原子核を構成する陽子や中性子の間に働く「核力」で、J-PARCではその性質と起源を理解するために研究を進めています。核子は、アップクォークとダウンクォークからできていますが、地球上に自然には存在しないストレンジクォークを含む粒子(ハイペロンという)を、加速器を用いて生成し、ハイペロンを含めた粒子間に働く核力を調べることで、核力の性質やその起源についての知見を深めることができます。岐阜大学の仲澤和馬シニア教授らは、J-PARC加速器を用いてつくった大強度で高純度のK中間子ビームから大量のグザイ粒子(ハイペロンの一種)を生成し、特殊な写真乾板に照射しました。乾板に残された粒子の飛跡を解析し、グザイ粒子が乾板を構成する窒素14の原子核に核力で束縛された「グザイ核」を形成した事象を見つけ、その質量を初めて高精度で決定し、その質量から、グザイ粒子と原子核、さらにはその構成要素である陽子や中性子との間に働く核力の大きさを知ることができました。本研究は、原子核の成り立ちのカギとなる核力についての新しい研究成果であり、身のまわりの物質の成り立ちの理解とともに、ハイペロンは宇宙最高密度の天体である中性子星の内部に存在しているといわれており、中性子星の内部構造の理解につながると期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/03/02000661.html
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■J-PARC国際アドバイザリー委員会(3月4~5日、オンライン)

 2020年度のJ-PARCの加速器施設、実験施設に関る4分野のアドバイザリー委員会が先月オンラインで開催され、3月4、5日には国際アドバイザリー委員会(IAC)が同様に開催されました。委員長は、カナダトライアンフ研究所のJean-Michel Poutissou氏です。冒頭、齊藤直人センター長が委員会への審議要請とJ-PARCの現状と将来計画を報告し、また、次期J-PARCセンター長の小林隆氏を紹介しました。IACでは、事前に発表資料を各委員及び参加者が確認し、議論や質疑応答を中心に会議が進められました。 2日目にはIACからの助言と提言が委員長から行われ、コロナ禍の情勢にも関わらず着実な成果発信と安定運転が高く評価されました。

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■2020年度量子ビームサイエンスフェスタ開催(3月9~11日、オンライン)
 第12回MLFシンポジウム(3月9日)、第38回PFシンポジウム(3月11日)

 3月9 日~11日に、量子ビームサイエンスフェスタがオンラインで開催され、MLFとPFのユーザー等を中心に614名が参加しました。初日のMLFシンポジウムでは、冒頭、J-PARCセンターの曽山和彦研究主席が開会の挨拶を行い、また、この2月からJRR‐3が運転を再開したことが紹介されました。続いて、大友季哉 物質・生命科学ディビジョン長らがMLFの施設報告、コロナ禍でのMLFの安全や利用推進への取り組みについて報告しました。また、ユーザーからの要望とアンケート結果の報告、施設スタッフからMLFの中長期計画の紹介と活発な情報交換が行われました。
※KEK放射光実験施設

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■J-PARCハローサイエンス「新型ニュートリノ出現か?!」
 ~JSNS2実験のデータ取得をJ-PARCで開始~(2月26日、東海村産業・情報プラザ「アイヴィル」)

 近年、これまで知られている3種類のニュートリノ(電子型、ミュー型、タウ型)とは違う新種のニュートリノ(ステライルニュートリノ)の存在がいくつかの先駆実験で示唆されており、今般、J-PARCのMLFでその探索実験が開始されました。今回のハローサイエンスでは、実験責任者の丸山和純氏(素粒子原子核ディビジョン ニュートリノセクション)が現在考えられている素粒子の標準理論について詳しく解説しました。原理のみで時間オーバーとなり、実験の紹介は来年度に繰り越しとなりました。先月9日にプレス発表が行われたもので、新聞記事にも掲載されたためか、多くの質問があり、関心の高さが伺えました。

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■名古屋大学の学部4年生が、MLFのミュオンビームを使って卒業研究を行いました!

 名古屋大学N研の学部4年⽣の橋爪一将さん、鍋山友希さん、安達佑也さん、杉山蒼さんの4名が、1⽉26⽇から27⽇にかけてMLFでミュオン崩壊観測実験の卒業研究を行いました。実験の考案から、検出器の製作、期待されるデータの計算まで一貫して⾏い、学生が主体的に実験を組み⽴て実施したものです。学生にとっては、初めてとなるビームラインでの実験だったので困難もあったようですが、 検出器や標的の設置、読み出し系の調整等をこなし測定を無事に終え、データ解析結果は卒業論⽂発表会にて報告することができました。本卒業研究を行うにあたり、KEKの加速器科学インターンシップの⽀援及びMLF関係者の協⼒を得て実験が進められました。
※高エネルギー素粒子物理学研究室
詳しくはこちら(N研ホームページ)をご覧ください。http://www.hepl.phys.nagoya-u.ac.jp/news/2020/210215.php/p>

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■加速器運転計画

 4月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。

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さんぽ道 ⑧ -遠き山に日は落ちて-

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 茨城県は高い山がない県です。J-PARCがある東海村から見ると、北側の一部を除き、平野と海が一面に広がっています。
 春になると水蒸気や花粉や黄砂により、空気の透明度が落ち、山々も見えにくくなります。それでも日没の頃になると、それまで霞んでいた遠くの山々がシルエットとして浮かび上がってきます。
 写真は春分の日の近く、J-PARC研究棟屋上から西方向を撮った夕景です。夕日の左側には筑波山、右側には日光連山がわずかに映っています。
 スーパーカミオカンデは、J-PARCからだとほぼ真西に位置しますので、ちょうどこの日の太陽が沈む方向に当たります。J-PARCで生まれたニュートリノは、関東平野の下を通過した後、赤城山、榛名山の南側の裾野を通ります。さらに活火山である浅間山のほぼ直下を通過し、燕岳、水晶岳、野口五郎岳など、山好きにとって憧れの北アルプスの峰々の下を通り、スーパーカミオカンデの巨大水槽に突入します。そして大部分のニュートリノは、水槽の中を突き抜け、太陽の方向に疾走していきます。
 日中、太陽の恩恵など忘れて生活をしている我々も、空一面を茜色に染める日没の太陽を見ると、その大きさと遠さを感じます。ニュートリノはあの太陽をも突き抜け、宇宙のかなたに向かって、ほぼ無限の旅をするのです。