J-PARC News 第190号
■希土類を含まない世界最高クラスの酸素イオン伝導体を発見-燃料電池・センサー・電子材料等の開発を加速-(1月25日、プレス発表)
燃料電池は、人類社会にとって喫緊の課題である気候変動問題に対処するツールの一つとして、その開発が期待されています。高い伝導度を持つ酸素イオン伝導体は、固体酸化物形燃料電池の開発を加速する可能性を持っています。東京工業大学の八島正知教授らは、世界最高クラスの酸素イオン伝導度を示す新しい酸素イオン伝導体Ba7Nb3.9Mo1.1O20.05を発見しました。これは酸素イオン伝導体では極めて稀な六方ペロブスカイト関連構造を持ちます。従来の高酸素イオン伝導体の多くは希土類、ビスマス、鉛、あるいはチタンを含むのに対し、発見した物質はこれらの元素を含まず、安定性、安全性および資源確保の点で優れています。この物質が高い酸素イオン伝導度を実現するメカニズムを調べるために、酸素イオン伝導度が高くなる高温で、J-PARCの超高分解能中性子粉末回折装置SuperHRPDを用いて、中性子回折実験による結晶構造解析を行いました。その結果、図に示す結晶中の(001)面と呼ばれる面上で、本来、酸素があるべき位置(O1)の一部が空席になっていることが分かりました。さらに、「最大エントロピー法」という解析手法を用いることにより、O1と本来の酸素の居場所でない空隙位置(O5:格子間酸素)をつなぐ酸素イオンの伝導経路が可視化されました。この結果は、酸素イオン伝導において格子間酸素が重要であることを示しています。今後、六方ペロブスカイト関連酸化物のイオン伝導体の科学が発展し、固体酸化物形燃料電池をはじめ、酸素分離膜、触媒、ガスセンサー、電子材料などの開発が進むことが期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/01/25000641.html
■新種のニュートリノを探れ!-JSNS2実験のデータ取得をJ-PARCで開始-(2月9日、プレス発表)
・オンライン記者説明会
2月9日、J-PARCセンターは下記プレス発表に併せてJ-PARC研究棟を配信会場としてオンラインによる記者説明会を開催しました。説明会には、 10社から18名の記者の参加があり、実験責任者である素粒子原子核ディビジョンニュートリノセクションの丸山和純 准教授が、実験の原理や特徴を説明し、その後質疑応答が行われました。また、実験装置の写真や動画を用いた施設見学を実施しました。説明会終了後には研究者と個別に話ができる「ぶら下がり会見」がZoomのブレイクアウトルーム機能を使って進められ、これには、齊藤直人J-PARCセンター長、大阪大学 菅谷頼仁助教、JAEA 長谷川勝一主任研究員も加わりました。会見では多数の質問があり、ステライルニュートリノ観測という新たな実験への関心の高さが伺えました。
・プレス発表概要
物理学の世界で言う「4つの力」のうち「弱い力」と「重力」を感じるニュートリノは3種類しかないと考えられていますが、重力しか感じない「ステライルニュートリノ」が存在する可能性が、1990年代に米国ロスアラモス研究所で行われた実験で示されました。その存在の有無について確定的な結果は、現在に至るまで出ておらず、その決着をつけるべく、世界で様々な実験が稼働中、もしくは稼働予定です。今般、J-PARCで始まったのが、JSNS2実験※です。24 mという短い距離での反ミュー型から反電子型へのニュートリノ振動の有無を探ります。T2K実験(J-PARCから神岡まで295 kmを飛行)のような長距離以外ではほとんど起こらない反ミュー型から反電子型へのニュートリノ振動が、ステライルニュートリノが存在すれば、反ミュー型からステライルニュートリノを経由して、短距離で起こります。J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)の水銀標的では、大量の中性子の生成と同時に、反ミュー型ニュートリノも生成します。そこで、水銀標的から24 mの距離に50トンの液体シンチレータ検出器を設置しました。反ミュー型ニュートリノがこの距離を進む間に反電子型ニュートリノに変わる振動が検出器の信号で捉えられます。「この振動が存在すれば、3年くらいのデータの蓄積で見えてくるだろう」と、研究代表者の丸山氏は話しています。ステライルニュートリノは標準理論の枠外の新粒子であり、また、暗黒物質の候補の一つと考えられています。発見されれば素粒子物理学に大きなインパクトを与えることになります。今後の実験の進展にご注目ください。
※JSNS2実験:J-PARC Sterile Neutrino search at J-PARC Spallation Neutron Source(J-PARC核破砕中性子源を用いたステライルニュートリノ探索)実験の略。米国、英国、韓国、日本の4か国の65名の共同研究者で行う国際共同実験です。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/02/09000648.html
■J-PARCのアドバイザリー委員会開催(1月22日~2月22日、オンライン)
J-PARCセンターは、1月22日から2月22日にかけて国内外の専門家によるJ-PARCの加速器及び実験施設の状況、研究進捗、将来計画などについて助言や提言を受ける4分野のアドバイザリー委員会※を、オンラインにより行いました。各委員会では、冒頭、齊藤直人センター長がJ-PARCの現状と、委員会への審議要望を説明し、続いて、施設責任者や装置担当者らが各施設の現状、将来計画などを報告し、それらに対する助言などを受けました。これら委員会のまとめは、3月上旬に開催予定のJ-PARC国際アドバイザリー委員会(IAC)に報告され審議されます。
※核変換実験施設技術(T-TAC)、加速器技術(A-TAC)、ミュオン実験施設(MAC)、中性子実験施設(NAC)
■第3回「FC-Cubic オープンシンポジウム」開催(2月2日、YouTube配信)
2月2日に、水素社会の実現による低炭素社会の構築、エネルギーの多様化、産業の国際競争力向上を目的に燃料電池およびそのシステム開発の共通基盤研究を進めるFC-Cubic※1は、NEDO※2との共催のもと、「FC-Cubicオープンシンポジウム」を、東京国際交流館を配信会場としてオンラインで開催しました。水素の挙動を観ることが得意な中性子を利用できるMLFを有するJ-PARCは、今年度からFC-Cubic等とともにNEDOの燃料電池研究開発プロジェクトに参加しました。今回のシンポジウムでは、J-PARCおよび中性子がメインとして取り上げられ、齊藤直人センター長がJ-PARCの全体を紹介し、物質・生命科学ディビジョンの大友季哉ディビジョン長が中性子線利用の有効性、中性子利用セクションの篠原武尚研究主幹が中性子イメージングによる可視化解析技術、CROSS※3の鈴木淳市主任研究員が中性子小角散乱による燃料電池材料の構造解析について実験成果などを交え紹介しました。また、J-PARC施設ツアー、研究/映像資料の紹介とオンラインディスカッションも行われ、シンポジウム全体に1,800以上のアクセスがあり、このテーマへの関心の高さが伺えました。
※1:トヨタ自動車㈱など国内の20企業、1行政法人、6大学で構成する技術研究組合
※2:新エネルギー・産業技術総合開発機構
※3:共用促進法に基づく登録施設利用促進機関/総合科学研究機構
■J-PARCハローサイエンス・動画による科学実験教室実施「世界最小のコマで分かる??ノーベル賞級の大発見!!」(2月4日、東海村立白方小学校科学クラブ)
2月4日、白方小学校の科学クラブで、コロナ禍の下、初めての試みとしてJ-PARCセンターが制作した動画と工作キットを使った科学実験教室が行われました。J-PARCでは素粒子ミュオンの歳差運動を利用した研究やそれを詳しく調べる実験などが行われています。今回の教室は、素粒子に似た動きをするコマを使って勉強するもので、J-PARCで研究に携わる茨城大学の中沢雄河氏が動画で講師を務めました。J-PARCの紹介や歳差運動を解説した動画を見て、市販のコマの教材の動きの観察や、大小異なるコマを作りそれぞれの回り方を観察しました。後日届けられたお礼の動画には、大きな傾きでも回り続けるコマの教材に子どもたちが驚く姿が見受けられ、楽しみながら勉強する様子が伺えました。
■第31回J-PARC PAC開催(1月20~22日、リモート開催)
1月20日からの三日間、Web会議システムを用いたリモートによる原子核素粒子共同利用実験審査委員会(J-PARC PAC)を開催しました。委員会は16名(海外9名)で構成され、最初の全体セッションには約100名が接続し参加しました。冒頭、齊藤直人J-PARCセンター長がJ-PARCの現状報告を行い、加速器第六セクションの佐藤洋一氏が加速器の、ハドロンセクションの高橋仁氏がハドロン実験施設の現状と今後の計画について説明し、KEK素粒子原子核研究所の徳宿克夫所長が今回審議する内容について説明しました。新規に申請された1件と継続審議となっていた2件の実験課題の説明があり、その後にハドロン実験施設とニュートリノ実験施設で現在進められている実験の進捗状況報告と今後の計画など8件の報告がありました。新規実験課題の審査結果及び報告に対する委員会からの助言は、議事録としてまとめられ、近々公開されます。
■加速器運転計画
3月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。
私たちJ-PARC広報スタッフが対面で行っているアウトリーチや見学対応は、試行錯誤の連続です。皆様が私たちの話に熱心に耳を傾けていただくと、こちらも嬉しくなってつい熱の入った説明になります。逆の場合、説明の仕方を工夫したり、思い切って話題を変えたりします。また、思わぬところで鋭い質問を受け、自分たちの不勉強を恥じることもあります。皆様とお会いする時間は、一方的に説明する場ではなく、私たちも皆様から学ぶことができる貴重な機会なのです。
コロナ禍で対面での説明が困難となった今では、J-PARCでは数多くの記事や動画を配信し、最新の活動をご紹介しています。今回、白方小学校科学クラブの児童たちへも、J-PARCの研究と深い関係のある歳差運動を説明した動画とコマの工作材料をお送りしたところ、実験風景の動画がお礼とともに私たちのところに送られてきました。直接お会いできなくても、その動画を拝見し、とても嬉しく励みになったものでした。
オンラインでの広報活動は限界がありますが、時間と場所に関係なく多くの方と繋がれるなど利点もあります。
広報は皆様と研究者を繋ぐ、両側通行の架け橋です。この活動を通して、J-PARCのみならず、科学技術全体の相互理解が進むことを願っています。