J-PARC News 第189号
■齊藤直人J-PARCセンター長年頭挨拶
みなさま、明けましておめでとうございます。
昨年は、この地球上の誰一人にとっても忘れ難い一年になりました。J-PARCでは、みなさまのご理解とご支援のもと感染対策をしっかり進めながら、研究と教育の機会を守るべく、できる限りの施設運転とユーザーの受け入れを行なって参りました。大きなトラブルもなく、普段にも増して成果を上げて世界に発信することができましたのも皆様のご支援の賜物であります。衷心より感謝申し上げます。
いまだに新型ウイルスによる災禍の収束が、はっきりと見出せない状況です。この問題に正面から取り組みながらも、他にも人類社会にとって大きな課題が、いまも進行中であるということは忘れてはいけないことだと思います。中でも気候問題は喫緊の課題であり、中性子ビームやミュオンビームの特徴を生かして水素社会の実現へ貢献できればと思います。
これからも、国民の負託に応え、広く人類に貢献できるようJ-PARC としての不断の努力を続けて参ることを誓いまして、年頭の挨拶とさせていただきます。
令和3年吉日 J-PARCセンター長 齊藤 直人
■T2K実験グループの論文が「ネイチャー」の10 remarkable discoveries from 2020に選ばれました!
T2K実験国際共同研究グループが昨年4月に総合学術雑誌「ネイチャー」へ掲載した論文が、ネイチャーの10 remarkable discoveries from 2020に選ばれました。これまでのT2K実験では、「ニュートリノと反ニュートリノの性質に違い(CP対称性の破れ)がある」ことが示唆され、今後より確実な成果を示すため、さらに観測データの積み上げを目指し、実験グループは現在、J-PARC加速器の大強度化とスーパーカミオカンデ検出器(SK)の10倍の大きさのハイパーカミオカンデ検出器の建設に取り組んでいます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp/c/topics/2020/12/21000627.html
■加速器を用いた核変換研究のための陽子ビーム制御技術の開発
-微小出力陽子ビーム取り出し技術の確認試験に成功-(12月14日、プレス発表)
J-PARCセンターでは、原子力発電所から発生する放射性廃棄物を効率よく減容・有害度低減するための加速器駆動核変換システム(ADS)の基礎的な研究を行う、核変換実験施設を検討してきました。施設では、ターゲット試験用大出力陽子ビームとともに、核変換特性試験用の微小出力ビームが必要なため、大出力ビームから微小出力ビームを取り出す技術の開発を進めてきました。J-PARCセンターの武井早憲氏(JAEA研究主幹)らのグループは、レーザー荷電変換技術に着目し、ビーム出力の安定性の要求を満たすために、電磁石で負水素イオン(H-)ビームの軌道を曲げながら、その途中でレーザーを照射し、H-ビームの電荷を変える技術を考案しました。大出力H-ビームの大部分は、電磁石で曲げられターゲット試験に供給されますが、一部のH-ビームはレーザー照射により電荷を持たない中性水素(H0)に変換され、電磁石の途中から直進し、大出力H-ビームから分離します。その後、金属薄膜でさらにH0を陽子(H+)に変換して微小出力ビームとして取り出し、核変換特性試験に供給します。今回、電磁石、レーザー光源などの装置を設置し、時間幅の異なる二種類のレーザーを用いて、微小出力ビームの安定な取り出しに成功しました。本成果は、J-PARCを活用してADSの研究開発を推進していくための重要なステップであるとともに、加速器ビーム利用技術の発展につながることが期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp/c/press-release/2020/12/14000630.html
■中性子寿命の謎、解明に向けた新実験が始動
-第3の手法により中性子寿命問題の解明に挑む-(1月8日、プレス発表)
陽子とともに原子核を形づくる中性子は、原子核の中では安定ですが、ひとたび原子核外に取り出されると、15 分弱のあいだに陽子、電子、反ニュートリノに崩壊します。この時間(寿命と呼ぶ)の正確な値は、宇宙や素粒子の成り立ちを知る上で重要です。中性子の寿命の測定には、時間経過に伴い「(1)中性子が崩壊してできる粒子の数を数える方法」と「(2)崩壊せずに残った中性子の数を数える方法」があります。これまでの中性子寿命の測定値は、(1)に比べて(2)のほうが系統的に約9秒短く、「中性子寿命問題」と呼ばれています。両者の実験の違いを説明する要因はこれまで見つかっていません。そうだとすると他に要因があると考えます。 (1)の方法ではすべての崩壊が検出できてはいないことが想定され、中性子が暗黒物質などの未知の粒子 に崩壊する反応が存在する可能性が示唆されます。そこで、(1)の方法による寿命の値を別の実験で検証すべく、J-PARCセンターの三島賢二氏(KEK特別准教授)らは、J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)のBL05ビームライン(NOP)で、大強度パルス中性子ビームを用いた新たな実験を開始しました。過去の(1)の方法で中性子が崩壊してできる陽子を数えていましたが、今回の実験では崩壊してできる電子を数えました。陽子を数える場合よりも実験に多くのバックグランドがあり、実験グループはパルス毎に対応した時間だけ測定する工夫をしてそれを乗り越え、最初の実験結果が得られました。今後、より多くのデータを積み重ね、精度を上げていくことで、中性子寿命問題に決着がつくことが期待され、さらには未知の粒子の発見につながるかもしれません。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2021/01/08000631.html
■J-PARCハローサイエンス「J-PARCの負ミュオンでのぞくリチウムイオン電池」開催
(12月25日、東海村産業・情報プラザ「アイヴィル」)
12月のJ-PARCハローサイエンスでは、(株)豊田中央研究所の梅垣いづみ氏が、MLFの大強度負ミュオンビームを利用したリチウムイオン電池の研究について講演しました。リチウムイオン電池の特徴、負ミュオンを用いた元素分析の原理や、さらに、電池を破壊せずに電極に析出した金属リチウムを直接見た結果が紹介されました。スマートフォンや自動車など身近なところで繰り返し充電して使われるリチウムイオン電池の安全性をさらに向上させ、環境に配慮した電池のリユースへ貢献することが示されました。
■科学の祭典・日立大会の公式YouTubeチャンネル!!にJ-PARCセンター提供の動画
“傾いて回るコマを作って『さいさ運動』について学ぼう!”&“工作教室「ふりこベルを作ろう !!」”がアップ
昨年12月の第20回青少年のための科学の祭典・日立大会は、新型コロナウイルス感染拡大の影響により開催が中止となり、実行委員会は今回YouTube公式チャンネル及び科学に関するリンク等を集めホームページを作成し、オンライン開催としました。これまで継続的に出展していたJ-PARCセンターからも、J-PARCで素粒子の持つコマのような性質を利用した研究を行っている総合研究大学院大学の清水春樹氏、牛澤昴大氏、および茨城大学大学院生の中沢雄河氏、髙橋慎吾氏が中心となって、コマを使った『さいさ運動』の実験について、また、広報セクションで「ふりこベル」を作る工作教室についてそれぞれ動画を製作し、HPにアップされました。
動画は『青少年のための科学の祭典・日立大会オンライン』のサイトからご覧ください。http://saiten-hitachi.sakura.ne.jp/link0.html
■ご視察者など
12月16日 高橋ひなこ文部科学副大臣
■加速器運転計画
2月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。
あけましておめでとうございます。
2021年1月1日午前6時49分、J-PARC敷地に隣接した村松海岸からのご来光です。この年末年始は数年に一度の強烈な寒波が日本列島を襲い、元旦の最低気温は水戸地方気象台で氷点下5.6℃を記録しました。
それでもこの写真から、寒さを感じとることはできません。初日の出のかなり前から風はほとんどなく、100人近くの人々がそれぞれ間隔を空けて、静かに時を待っていました。
ご来光とともに、ダウンジャケットと毛糸の帽子に包まれた体の中で、頬だけが火照り出すのが実感できます。顔を出したばかりの太陽は、穏やかな波によって幾重にも区切られながら、海全体を照らします。その飴色の光は海の底に差し込み、穏やかな波によって海底の砂粒がわずかに揺れ動く様子までも映し出します。振り向くと、フェンス越しに密集したクロマツが競うように背伸びをしています。その先には岸壁のようにそびえる物質・生命科学実験棟に透明なオレンジ色の光が反射され、更にその上には月齢17.5日の下弦の月が軽々と浮かんでいます。
J-PARCでは3基の加速器が運転を続け、物質・生命科学実験施設とハドロン実験施設での利用研究も始まりました。私たちは、ここで研究成果を積み上げ、加速器技術を向上させることで、緊急事態宣言が出されたコロナ禍での一条の光となれればと願っています。