J-PARC News 第179号
■SATテクノロジーショーケース2020で牧村俊助氏が「ベスト新分野開拓賞」を受賞(1月24日、つくば国際会議場)
J-PARCセンターハドロンセクションの牧村俊助氏(KEK技師)は、ハドロン実験施設で計画しているミューオン(ミュオン)を使ったCOMET実験※のメンバーで、サイエンス・アカデミーが主催のSATテクノロジーショーケース2020で「ベスト新分野開拓賞」を受賞しました。この賞は、多岐にわたる分野の研究者によるポスター発表の中で、最も新分野の開拓を進めたと認められた研究テーマに贈られます。牧村氏は、ミューオンの生成に使用するタングステン(W)標的材の「再結晶脆化しない超耐熱高靱性タングステン」の研究開発について発表しました。これは、W材への陽子ビーム入射に伴い温度上昇で脆くなり壊れる再結晶脆化という挑戦的課題を解決した成果です。
※ COMET(COherent Muon to Electron Transition)実験は、ハドロン実験施設でミューオンを使って新しい物理法則の発見を目指す国際共同実験です。
詳しくはKEK素粒子原子核研究所ホームページをご覧ください。
https://www2.kek.jp/ipns/ja/post/2020/02/20200213/
■中性子回折実験から解き明かされた氷の謎:
-水素の移動様式の変化が高圧下でさまざまな異常を引き起こしていた-(3月10日、プレス発表)
氷は、温度や圧力に応じて、水分子の並び方の異なるさまざまな結晶構造をとることが知られています。その中で2 GPa以上の広い圧力範囲で安定な「氷VII相」は、10GPa付近で異常な振る舞いを示すことが報告されています。その異常には、結晶構造中の水素が関係していることが示唆されているものの、その詳細はよくわかっていませんでした。その水素の振る舞いを調べるのに中性子回折実験が威力を発揮します。東京大学の小松准教授らは、J-PARCの超高圧中性子回折装置PLANETを用いて、氷VII相が水素結合の向きが揃った氷VIII相に変わる様子を観察し、その変化の速度が10 GPa付近で最も遅くなることを発見しました。また、得られた実験結果は、「加圧により水分子の回転運動が遅くなり、同時に水素原子の隣の酸素原子への移動(並進運動)が速くなる」というモデルによってよく説明できることが分かりました。この2つの水素移動様式の速度の逆転が、従来報告されていた氷 VII 相の高圧下での異常な振る舞いの起源であると考えられます。この知見は、氷のみならず水素結合を持つ他の物質にも適用できる可能性があり、今後さらなる研究の進展が期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp/c/press-release/2020/03/10000486.html
■フッ化物イオン導電性固体電解質のイオン伝導メカニズムを解明
-リチウムイオン電池の性能を凌駕する革新型蓄電池の創生を目指して-(3月12日、プレス発表)
フッ化物シャトル電池は、エネルギー問題の解決に大きく貢献することが期待される革新型蓄電池(ポスト・リチウムイオン電池)の有力候補の1つです。その開発において、電気を運ぶ担い手であるフッ化物イオンが速く動ける電解質材料の開発がカギとなります。フッ化バリウム(BaF2)は、電池性能において重要な高電圧に耐えられる利点を持つ一方、フッ化物イオンを流しにくい(フッ化物イオン伝導率が低い)物質です。これにバリウム(Ba)の一部をランタン(La)で置換するとフッ化物イオン伝導率が劇的に向上することが知られていました。京都大学の森准教授、兵庫県立大学の嶺重准教授、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の齊藤特任准教授らは、J-PARCの蓄電池研究用中性子回折装置「SPICA」を用いて、Ba0.6La0.4F2.4固体電解質の結晶構造を精密に決定しました。中性子回折は、フッ素のような軽元素の位置を見るのに有利です。また、データ解析ソフトウェアZ-Code(KEKが開発)を利用して、フッ化物イオン伝導経路の可視化に成功しました。その結果、格子間サイト(正規ではない原子の居場所、図のF2)に存在するフッ化物イオンが正規の居場所(F1)にいるフッ化物イオンを押し出してこれらが玉突きで動く「準格子間拡散」をベースとする機構によって、フッ化物イオンが伝導経路内を流れることを解明しました。 本成果は、フッ化物シャトル電池の電解質材料の開発に大きく貢献することが期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp/c/press-release/2020/03/16000492.html
■世界最高クラスの新型電解質材料を発見
-燃料電池・センサー・電子材料等の開発を加速-(3月13日、プレス発表)
酸化物イオン伝導体は、固体酸化物形燃料電池、酸素分離膜、触媒およびガスセンサーなどに幅広く応用できる材料です。東京工業大学の八島教授らは、Dion-Jacobson相と呼ばれる層状の結晶構造を持つ物質の中では初めてとなる酸化物イオン伝導体CsBi2Ti2NbO10–δを発見しました。さらに、J-PARCの中性子回折装置SuperHRPDを用いた結晶構造解析により、酸化物イオン伝導度が高くなる高温で結晶構造が変化し、結晶中の酸素の欠損が増えることを見出すとともにデータ解析ソフトウェアZ-Code (KEKが開発)などを利用して、酸化物イオンの伝導経路を推定しました。これにより、この新しい酸化物イオン伝導体が高いイオン伝導度を実現するメカニズムが見えてきました。本成果は、Dion-Jacobson型の酸化物イオン伝導体の研究を促進することとともに、エネルギー・環境問題の解決に貢献する材料開発への応用が期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp/c/press-release/2020/03/13000491.html
■J-PARCのアドバイザリー委員会開催(2月6~26日)
J-PARCセンターは、2月6日から26日にかけて国内外の専門家によるJ-PARCの加速器及び実験施設の状況、研究進捗、将来計画などについて助言と提言を受ける4分野のアドバイザリー委員会「核変換実験施設技術(T-TAC)、中性子実験施設(NAC)、加速器技術(A-TAC)、ミュオン実験施設(MAC)」を開催しました。
各委員会では、冒頭、齊藤直人センター長がJ-PARCの現状、委員会への審議要望などを説明し、続いて、施設責任者や装置担当者らが各施設の現状、将来計画などを報告し、それらに対する助言を受けました。以下それぞれの委員会の内容です。
●第6回T-TAC(2月6~7日)
鉛ビスマス標的や陽子ビーム技術に関する要素技術開発状況、将来の研究開発計画などを報告、委員会から、技術開発の方向性、将来の研究開発計画は概ね妥当である旨の答申を受けました。併せて、要素技術開発の現場である液体鉛ビスマス試験ループ等の見学会を行いました。
●NAC2020(2月17~18日)
J-PARCセンターからMLFの現状、ビジネスモデル、研究成果、将来計画などについて報告しました。最新の研究成果と中性子源の報告はパラレルセッションを設け、より効率的な意見交換ができました。委員会から、1MW運転達成までの増強計画は妥当であること、新ターゲット設計では使用後容器の検査結果を反映すること、放射性気体廃棄物の取扱については海外の関連施設の知見を参考にすること、などのコメントと助言がありました。
●A-TAC2020(2月24~26日)
委員会は、委員9名のうち3名がTV会議で参加となりました。加速器の状況、新たな技術開発の結果、増強計画、前回の提言への対応を議論されました。加速器は、物質・生命科学実験施設(MLF)の500kW運転を継続するとともに、ニュートリノ実験向けには510kWまで増強したこと、さらに、両者とも高い稼働率で利用運転している点に高い評価を受けました。今後、安定な運転を継続するために、人材確保、ビーム調整・運転の効率化の必要性が指摘されるとともに、利用時間を増やす努力、加速器の高稼働率維持に向けた予備品の充実、機器保護システムの高度化などが継続的検討事項として指摘されました。
●第7回MAC/第14回MuSAC(2月25~26日)
KEKミュオン科学諮問委員会(MuSAC、3年に1度開催)を兼ねるMACでミュオン実験施設の現状、ミュオン生成標的、各ビームラインの現状、研究成果、MUSE将来計画が報告されました。委員会から、MLFの運転状況とMUSEの研究成果は良好との評価を受けるとともに、今後の1MW安定運転への期待、ユーザー支援と建設及び開発により一層のプロジェクト管理が必要との助言がありました。また、MUSE施設の見学を行いました。
■加速器運転計画
4月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。