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2019.06.11

茨城大学大学院生 中沢雄河さんが
「負ミュオニウムイオンの加速実験を成功に導いた負水素イオン源を開発」

 

J-PARCセンター

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実験グループの皆さん。中央が中沢さん。その左が茨城大学の飯沼氏。中沢さんの右はJAEAの近藤氏、その右がKEK大谷氏。

 

J-PARCでは、素粒子ミュオンの性質の一つである異常磁気能率 (g-2) と電気双極子能率 (EDM) を精密観測するための実験を準備している (J-PARC E34実験) 。この実験では、これまでにない高品質のミュオンビームによって世界最高精度を達成するために、ミュオンの冷却と加速器の開発を進めている。グループは既存の手法の約10倍という高い効率でミュオンを冷却する手法の開発に成功した (*) 。さらに2017年には世界初のミュオン加速にも成功し (**) 、実験を実現するための大きなマイルストーンを達成した。ミュオン加速実験は、J-PARC物質・生命科学実験施設 (MLF) のテストミュオンビームラインで行ったため、E34実験で採用している高効率冷却方法が使用できなかった。そこで、効率は落ちるが簡易的にミュオンを冷却できる負ミュオニウムイオン (***) 生成による冷却手法を採用したが、観測レートが非常に低いために1週間の実験期間のまえに、加速装置・ビームラインを調整する必要があった。このたび、そのミュオンを加速する装置を調整するための新しい負水素イオン源を開発、その成果論文が5月15日にNuclear Instruments and Methods in Physics Research Section Aオンライン版に掲載された。筆頭著者は、茨城大学大学院・量子線科学専攻修士2年でKEK特別研究員の中沢雄河さん。学部4年生から実験に参加し、本装置を使って2017年のミュオン加速実験を成功に導いた。中沢さんにお話を伺った。 (聞き手:広報セクション)

(*) KEKプレスリリース https://www.kek.jp/ja/newsroom/2014/09/18/1400/

(**) J-PARCニュース https://j-parc.jp/ja/news/2018/news-j1801.html#300102

(***) 正電荷を持つミュオン1個と電子2個からなる複合粒子、電子はミュオンに比べて非常に軽いため、加速の際は負電荷をもったミュオンと等価

 

- 開発された装置について、説明していただけますか?

 

これが、私が開発したイオン源が導入されている装置です。1台で、ミュオンの減速装置と、加速後のミュオンにかける磁場の調整のためのイオン源を兼ねているところがポイントです。

 

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まず、減速装置としての機能を説明します。右側から、J-PARCの加速器でつくったミュオンを入射します。装置の中の、カプトンとアルミニウムでできた標的に当たると、減速されたミュオンや負ミュオニウムイオンが生成します。J-PARCの加速器でできたミュオンビームは進行方向や運動量がまちまちになっています。我々は、ミュオンの性質を研究するために、進行方向や運動量 (****) がそろった高品質のミュオンビームをつくりたいのです。そのために、J-PARC加速器でできたミュオンビームを一旦、負ミュオニウムイオン生成によって減速 (*****) してから、再び加速します。

(****) 運動量=質量×速度

(*****) E34本実験ではミュオニウムレーザーイオン化によって減速

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私の開発した装置の後にミュオンを加速する装置を取り付け、一旦減速したミュオンを再び加速します。その後で、電磁石で磁場をかけて、我々が欲しい運動量を持つミュオンだけを取り出します。そのための磁場の調整は時間のかかる作業です。J-PARC加速器からのミュオンビームを使って実験できる期間は限られていますから、大きな課題となります。

 

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- なるほど。その磁場の調整の作業においても、中沢さんの装置が活躍するのですね?

 

はい。この装置のすごいところは、標的をアルミ板に取り替えて、ミュオンビームを入射する代わりに上から光ファイバーで紫外光を当てると、負電荷の水素イオンを発生するイオン源に早変わりするところです。ミュオンビームの代わりに同じ運動量を持つ負水素イオンを発生させて、磁場の調整をすることができます。これを使って事前にミュオンビームを使わずに磁場の調整をしておいたことで、J-PARC加速器を使っての限られた実験期間内で世界初となる負ミュオニウムイオンの加速に成功しました。

 

- 負ミュオニウムイオン加速実験のご成功おめでとうございます!
  これで、ミュオンの性質を研究するのに必要な、高速で高品質のミュオンが得られるようになったということですか?

 

実は、今お話しした加速実験は、1段階目の加速に過ぎません。全部で4段階の加速を経て、我々の欲しい高速、つまり高エネルギーのミュオンが得られます。現在は、2段階目の加速空洞を開発しています。既に設計を終え、製作もほぼ完了しています。現在は加速のための高周波電力を供給するための「カップラー」を開発しています。カップラーを通して加速空洞の中に高周波の電波を供給し、それによって装置内にできる電場でミュオンを加速します。

 

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電波が反射せずに、ほぼ100%加速空洞に供給できるようにカップラーを調整するのが、開発上のポイントです。モニタで反射があるか見ながら調整します。この加速空洞が開発できたら、1段階目の加速空洞とつなげて性能の試験をします。

 

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ミュオン加速空洞のカップラーを調整する中沢さん。
反射があるか、モニタで確認するのは、Siirt University (トルコ) のErsin氏。

 

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反射を最小に抑えるにはどうしたらよいか、モニタを見ながら真剣に議論する中沢さんとErsin氏。

 

- ミュオン研究のための準備が、ものすごく壮大なことがよく分かりました。
  最後に、ミュオンの性質を研究するとどんなことが分かるのか、教えてください。

 

ミュオン異常磁気能率は素粒子標準理論を超える物理が潜むと期待される物理現象の1つであり、2000年初頭の米国ブルックヘブン国立研究所での測定では理論値よりも数ppm大きいことを示しています。我々は高品質ミュオンビームによる全く新しい手法での測定を目指しています。ミュオン加速技術はミュオン異常磁気能率の精密測定への新たな手段となることに加え、他分野への応用にも繋げることができます。 私の所属する研究室は拠点がJ-PARCにあって、学部4年生から最先端の現場で研究を開始することが出来ました。これは、茨城大学量子線科学専攻の魅力の一つだと思います。現在も世界最大強度のJ-PARC加速器を支える第一線の研究者の方々と一緒に、ミュオン異常磁気能率の精密測定を目指して日々精進しています。

 

中沢さんは2018年に高エネルギー加速器研究機構特別研究員として素粒子原子核研究所に所属し、J-PARCでミュオンを加速する装置の調整のための負水素イオン源を開発した。その成果が今回、論文として出版された。当初は、電子線の発生装置を開発して加速後にミュオンにかける磁場の調整に使用することを考えていた。その開発過程で電子よりも重い粒子が発生していることを見つけ、それが負水素イオンであることを突き止めて負水素イオン源の開発につなげたのは、中沢さんの大きな功績だ。電子よりも負水素イオンのほうが重く、地磁気の影響をほとんど受けないので、磁場の調整に好都合だという。

5月下旬の国際会議では、現在開発中の2段階目の加速空洞のプロトタイプについて発表を行った。今後、ミュオンの異常磁気能率の測定に向け、さらに高速にミュオンを加速する実験を進めていく。

 

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国際会議で発表する中沢さん

 

 

 

【論文情報】

 

掲載誌名: Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section A: Accelerators, Spectrometers, Detectors and Associated Equipment Volume 937, 1 September 2019, Pages 164-167
論文タイトル : Beam commissioning of muon beamline using negative hydrogen ions generated by ultraviolet light
著者 : Y. Nakazawa, S. Bae, H. Choi, S. Choi, T. Iijima, H. Iinuma, N. Kawamura, R. Kitamura, B. Kim, H. S. Ko, Y. Kondo, T. Mibe, M. Otani, G. P. Razuvaev, N. Saito, Y. Sue, E. Won, T. Yamazaki, H. Yasuda
DOI : 10.1016/j.nima.2019.05.043
オンライン版 : https://doi.org/10.1016/j.nima.2019.05.043

本研究は、科研費JP15H03666、JP18H03707、JP16H03987、JP16J07784 およびKorean National Research Foundation grants NRF-2015H1A2A1030275、NRF-2017R1A2B3007018の助成を受けたものである。

【関連リンク】


KEK site : https://www2.kek.jp/ipns/ja/post/2019/06/20190610/