名古屋城金鯱の黄金の輝きの秘密に迫る
- 鱗の表面ほど金が多いことを、J-PARCの負ミュオンで非破壊で確認 -
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
独立行政法人 国立科学博物館
名古屋市観光文化交流局 名古屋城総合事務所 名古屋城調査研究センター
本研究成果のストーリー
名古屋城天守の金鯱は1945年の空襲で大部分が焼失しましたが、一部の鱗が回収され、現在まで大切に保存されています。これまでの蛍光X線分析では、鮮やかな金色に見える鱗でも、測定された金濃度が必ずしも高くないという食い違いがありました。見た目の色はごく表面の組成に強く左右される一方、従来の分析では表面から内部までを平均して測るためです。そこで研究グループは、J-PARCの負ミュオンの運動量を変えて停止する深さを調整し、7点の鱗を非破壊で深さ方向に分析しました。その結果、5点で表面に近づくほど金濃度が高くなることを確認しました。さらに、補修された部分では深さによる金濃度の変化がほとんど見られず、元の鱗とは異なる構造を示しました。これらの結果は、金鯱の黄金の輝きを高めるため、表面付近の金を濃くする歴史的な処理が行われた可能性を示しています。
- Findings -
✣ 7点中5点で、表面から約10 µmの範囲に金が濃い層を確認。表面付近の金濃度は資料により約65~90 wt%でした。
- Meaning -
✣ 文化財を傷つけずに、制作・表面処理・補修の痕跡を深さ方向に読み解けることを示しました。
図1 負ミュオンで分析した名古屋城金鯱の現存鱗。色や形、損傷状態の異なる7点を、資料を傷つけずに測定しました。
120文字サマリー
J-PARCの負ミュオンで名古屋城金鯱の現存鱗7点を非破壊分析。5点で表面ほど金濃度が高いことを確認し、黄金の輝きを生む歴史的な表面処理の可能性を示しました。
概要
高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所、名古屋城調査研究センター、国立科学博物館などの共同研究グループは、J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)の負ミュオンビームを用い、名古屋城金鯱の現存鱗7点を非破壊で深さ方向に分析しました。負ミュオン※1は、運動量を変えることで資料中に止まる深さを調整でき、元素ごとに異なるエネルギーの「ミュオン特性X線※2」を放出します。この性質を利用して、表面から内部に向かう金と銀の分布を調べました。
その結果、7点中5点で、表面から約10 µmの範囲に向かって金濃度が上昇することが分かりました。資料No.7では、銀の蛍光X線が平均的に調べる深さ13 µmまでミュオンの結果を平均すると、金濃度は77 ± 0.12 wt%(重量%濃度)となり、従来の蛍光X線分析※3の76 ± 0.8 wt%とよく一致しました。これは、従来法が測っていた平均組成と、金色の見た目を決めるごく表面の組成が異なることを示します。また、No.7の後世の補修と推定されるパッチでは金濃度が深さによらずほぼ一定であり、元の鱗の表面濃縮とは異なる特徴を示しました。
本成果は、金鯱の制作・補修・経年変化に関する新しい情報を与えるとともに、負ミュオンによる深さ分析が、貴重な文化財を傷つけずに歴史的な加工技術を調べる有力な手法であることを示しました。
研究グループ
高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所・J-PARCセンター:反保 元伸、梅垣 いづみ、竹下 聡史、土居内 翔伍、橋本 亜紀子、鈴木 颯太、下村 浩一郎、三宅 康博
名古屋
名古屋城調査研究センター:朝日 美砂子、酒井 将史、村上 慶介、二橋 慶太郎
国立科学博物館:沓名 貴彦
研究者からひとこと
KEKの反保 元伸 特別助教
戦災をくぐり抜けた金鯱の鱗は、二度と作り直すことのできない貴重な歴史資料です。資料を傷つけずに、数µm単位で表面から内部まで金の分布を調べられたことで、見た目だけでは分からない加工技術の痕跡に迫ることができました。ミュオンが文化財の"履歴書"を読み解く新しい目になることを期待しています。
なぜこの研究を始めたのですか
名古屋城金鯱の現存鱗には、見た目は純金に近い鮮やかな金色であるにもかかわらず、蛍光X線分析※3で得られる金濃度はそれほど高くないものがありました。蛍光X線分析は優れた非破壊法ですが、測定されるX線はある深さまでの平均情報を含みます。一方、人が目で感じる色はごく表面の状態に強く左右されます。このため、「表面だけに金が濃い層があるのではないか」と考え、表面から内部までを深さごとに調べる必要がありました。
ひらめいたところはどこですか
研究グループはこれまで、負ミュオンを使って歴史的な金属資料や銀貨の表面処理を深さ方向に調べてきました。負ミュオンは、ビームの運動量を変えると止まる深さが変わるという特徴があります。そこで、金鯱の鱗についても、同じ資料を傷つけることなく、表面から内部へ少しずつ測定深さを変えれば、見た目と蛍光X線分析の食い違いを説明できると考えました。
努力したところはどこですか
最大の課題は、貴重な文化財を安全に取り扱いながら、表面から数µmという浅い領域を精度よく測ることでした。J-PARCのDラインでは、低い運動量の負ミュオンを資料まで効率よく届けられるため、表面近くの分析が可能です。さらに、金と銀のミュオン特性X線には一部重なりがあるため、既知組成の金銀合金標準試料と純金の測定を組み合わせ、重なった信号を補正して金濃度を定量しました。
何がわかったのですか
7点のうち、No.5とNo.11を除く5点で、表面から約10 µmの範囲に向かって金濃度が高くなりました。表面付近の金濃度は、資料によって約65~90 wt%でした。被災し暗く変色したNo.6と、鮮やかな金色のNo.7は外観が大きく異なりますが、深さ方向の金濃度分布はよく似ていました。これは、現在の色だけから元の材料構造を推定することが難しいことを示します。
図2 金濃度の深さ分布。No.5とNo.11を除く5点で、表面に向かって金濃度が上昇しました。
さらに、No.7には後世の補修とみられるパッチがあります。パッチ部分の金濃度は深さによらず約82~84 wt%でほぼ一定でした。一方、パッチのない部分では表面に向かって金濃度が上昇しました。補修部と元の部分で異なる分布が得られたことは、測定上の見かけではなく、実際の材料構造の違いを捉えていることを裏付けます。
図3 資料No.7の補修パッチ(上)と金濃度の深さ分布(下)。補修部(■)はほぼ一定ですが、非補修部(□)では表面付近の金濃度が高くなっています。
それで世界はどう変わりますか
文化財の表面は、制作時の加工、補修、腐食、火災、埋蔵環境などによって複雑に変化します。従来の表面分析や見た目だけでは、いつ、どのような技術が使われたのかを区別できない場合があります。負ミュオンを用いれば、資料を削ったり切ったりせず、表面から内部までの元素分布を調べられます。今回の成果は、金鯱だけでなく、金銀製品、貨幣、装身具、鍍金・色付を施した歴史資料などの制作技術や修復履歴を明らかにする研究へつながります。
また、J-PARCの負ミュオンが、物理学・化学だけでなく、考古学、美術史、文化財科学を結ぶ新しい量子ビーム分析法として活用できることを示しました。
謝辞
本研究は、文部科学省「文理融合」関連事業およびJSPS科研費 JP23H00122、26H00418の支援を受けました。ミュオン実験はJ-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)の利用課題2014MS01、2023MI02、2024MB01として実施されました。研究グループは、本研究にご協力いただいた名古屋城調査研究センターおよびJ-PARCミュオン施設の関係者に感謝いたします。
用語説明
※1 負ミュオン
高エネルギーの陽子が物質原子核にぶつかり、原子核が破砕される際に原子核を結びつける核力を媒介する中間子も物質の外部に飛び出す。飛び出した中間子が壊変して生成する素粒子のひとつがミュオンであり、電子と同じ負の電荷をもち電子の200培の重さをもつ
※2 ミュオン特性X線
負ミュオンが物質中で停止すると、原子に捕獲され、電子よりも原子核に近い軌道を回ります。その後、負ミュオンが外側の軌道から内側の軌道へ移る際に放出されるX線を「ミュオン特性X線」と呼びます。そのエネルギーは元素ごとに固有であるため、どの元素が含まれているかを調べることができます。また、通常の蛍光X線よりエネルギーが高く、物質内部から外へ出やすいため、文化財などの非破壊元素分析に利用できます。
※3 蛍光X線
物質にX線を当てると、原子核に近い軌道にある電子がはじき出されます。その空いた軌道に、外側の軌道にある別の電子が移る際、元素ごとに固有のエネルギーを持つX線が放出されます。これを蛍光X線と呼びます。このX線を測ることで、試料に含まれる元素の種類や量を非破壊で調べられます。ただし、通常の蛍光X線分析では、表面から一定の深さまでの情報が重なって観測されます。これに対し、負ミュオン分析では、ミュオンが停止する深さを変えることで、元素組成を深さごとに調べることができます。
論文情報
| 論文タイトル | Negative-Muon Depth Profiling Reveals Near-Surface Gold Enrichment in Historical Shachihoko Scales from Nagoya Castle |
|---|---|
| 著者 | Motonobu Tampo, Takahiko Kutsuna, Misako Asahi, Masashi Sakai, Keisuke Murakami, Keitaro Nihashi, Izumi Umegaki, Soshi Takeshita, Shogo Doiuchi, Akiko Hashimoto, Souta Suzuki, Koichiro Shimomura, and Yasuhiro Miyake |
| 雑誌名 | Journal of the Physical Society of Japan(JPSJ)Letters |
| オンライン公開日 | 2026年8月24日 |
| DOI | https://doi.org/10.7566/JPSJ.95.093801 |
お問い合わせ先
記者会見のご案内
本件に関して、8月27日(木)13時30分より名古屋城にて記者会見を開催いたします。 参加をご希望の方は、8月26日(水曜日)までに名古屋城調査研究センター宛てにEメール(a2311700-07[at]kankobunkakoryu.city.nagoya.lg.jp)に社名、取材人数、連絡先を記載のうえお申し込みください。
詳細はこちらをご覧ください。
https://www.city.nagoya.jp/houdou/3003942/3003947/3005460.html
