プレスリリース

2026.08.24

金属の中で"分子"が組み替わる- 化学結合・金属性・磁性が連動する新しい電子状態を発見 -

岡山大学
北里大学
総合科学研究機構
J-PARCセンター

発表のポイント

  バナジウム原子が分子のように結び付く状態が、温度低下に伴って二段階に変化する現象を発見しました。
  すべての状態で金属のままですが、電子の磁気的な応答は各段階で大きく異なることを示しました。
  従来の分子形成物質とは異なり、異なる結合状態の競合が金属・磁性と絡み合うことを示しました。

  岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域の小島慶太助教、片山尚幸教授、千葉大学大学院理学研究院、北里大学理学部、総合科学研究機構(CROSS)中性子科学センターおよび中性子産業利用推進センターの共同研究グループは、SPring-8 1)J-PARC 2)などの大型施設を用いた研究により、層状無機化合物Li0.5VS2(リチウムバナジウム硫化物)において、金属の中でバナジウム原子どうしが「分子」のように結びつき、その結びつき方が温度によって二段階に変化することを明らかにしました。
  通常、原子が強く結びつくと電子は動きにくくなりますが、本物質では結合の形が変わっても金属状態を保ち、磁気的な性質も大きく変化しました。本研究成果は、化学結合、金属性、磁性が互いに影響し合う新しい電子状態を示すもので、8月24日に米国化学会誌「Chemistry of Materials」に掲載されました。今後、組成や圧力などによって原子間結合を制御することで、新しい量子材料の探索につながることが期待されます。

研究者からのひとこと

  学生時代から足かけ8年、この物質が示す複雑な磁性と原子配置の変化を追ってきました。今回、不安定な原子間結合の組み替わりが多様な金属状態を生むことを明らかにしました。今後は、この結合を制御し、新しい物性や機能の開拓につなげたいと考えています。

発表内容

現状

  物質の性質は、原子がどのように並び、どのように結び付いているかによって大きく決まります。特に、ある種の無機固体では、金属原子どうしが強く結び付き、結晶の中で「分子」のようなまとまりを作ることが知られています。このような分子状態には、二つの原子がペアを作るものや、三つ以上の原子が集まるものなど、さまざまな形があります。
  しかし多くの場合、いったん分子状態が形成されると、その形は一つの安定な状態に固定されます。また、電気伝導を担っていた電子が原子間の結合に取り込まれるため、物質は電気を流しにくい絶縁体や、磁性を失った非磁性状態へと変化します。そのため、金属原子が作る分子状態が温度に応じて別の形へ組み替わり、それに伴って電気伝導や磁性が大きく変化するような物質は、ほとんど知られていませんでした。つまり、「金属原子が作る分子」に特有の物理現象は、まだ十分に開拓されていませんでした。

研究成果の内容

  こうした背景のもと、本研究グループは、リチウム・バナジウム・硫黄からなる層状化合物Li0.5VS2に着目しました。この物質では、バナジウム原子が三角形の格子を作り、その層が積み重なった構造をしています。これまで、温度を下げると345K(72℃)と140K(−133℃)で二段階の相転移を示すことが知られていましたが、そのとき原子や電子がどのように変化しているのかは明らかではありませんでした。
  そこで我々研究グループは、電気抵抗と磁化の測定(図1)に加え、SPring-8 1)J-PARC MLF 2)などの大型施設を利用した放射光X線回折 3)中性子回折 4)X線吸収分光 5)、理論計算を組み合わせて、各温度領域における原子の並び方と電子の状態を詳しく調べました。345Kより高い温度では、バナジウム原子は均一な三角格子を形成し、電子は物質中を比較的自由に動いています。ところが345K以下の中間相では、バナジウム原子の並びがわずかに変形し、ジグザグ鎖状につながった「分子のような結合状態」を作ることが分かりました。このジグザグ鎖の形成に伴って電気抵抗はわずかに低下します。一方で、一般的な金属とは異なり、電子どうしの相互作用が強く働くことで、金属でありながら電子が磁石のような性質も示す、特異な状態へと変化することが明らかになりました。つまり、電子が物質中を流れる性質と、電子が局所的な磁気を担う性質が共存した状態が形成されていることを発見しました。
  さらに温度を下げて140K以下にすると、ジグザグ鎖のネットワークがランダムに切断され、バナジウム原子どうしがダンベル状のペア(二量体)を作ることが明らかになりました。二量体は、分子形成を示す多くの物質で見られる基本的な結合様式です。ただし、Li0.5VS2では、二量体を作ってもすべての電子が結合に取り込まれるわけではありません。そのため、結合に使われずに残った電子が物質中を動くことで、低温でも金属的な電気伝導が保たれます。
  理論計算からは、Li0.5VS2ではジグザグ鎖の結合を完全に満たすには電子が不足しており、一方で二量体を形成しても、すべての電子が結合に閉じ込められるわけではないことが示されました。つまり、この物質では、電子が完全に満たされた一つの分子状態に固定されず、温度に応じて異なる結合状態へと組み替わることができます。(図2)
  本研究により、電子数が不足した金属原子間結合を共通の起源として、分子のような結合状態、金属的な電気伝導、磁性が二段階にわたって連動して変化することを明らかにしました。

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図1 磁化率(青)と電気抵抗率(赤)の温度依存性。

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図2 Li0.5VS2が示す構造変化の模式図。左から右にかけて温度が下がっていくと、赤丸で示したバナジウムが作るネットワークが変化していく様子を表している。

社会的な意義

  今回の成果は、金属原子が作る「分子のような結合状態」の組み替わりが、電気伝導や磁性の変化と深く結び付いていることを明らかにしたものです。これまで、原子間の結合、金属としての性質、磁石のような性質は、しばしば別々の観点から理解されてきました。本研究は、それらが互いに影響し合いながら一体となって変化することを示しており、新しい量子材料を理解し、設計するための重要な手がかりになります。
  また、分子形成を伴う物質の多くは、電気を流しにくくなり、磁性も失うことが知られていました。一方で、分子形成に伴う大きな構造変化や物性変化は、アクチュエータ、センサー、蓄熱材料などへの応用の観点からも注目されています。Li0.5VS2は、分子状態が二段階に組み替わりながら金属的な電気伝導を保ち、各状態で磁気的な応答も大きく変化するという特徴を持ちます。
  今後、組成、圧力、元素置換などによって原子間結合の状態や相転移温度を制御できれば、温度や圧力に応じて電気的・磁気的な状態を多段階に切り替える、新しいセンサーやスイッチング材料の設計につながる可能性があります。さらに、化学結合を手がかりとして金属の性質を制御するという、新しい材料探索の指針を与えることも期待されます。

論文情報

論文名 Competing Electron-Deficient σ-Bond Configurations across Successive Structural Transitions in Li0.5VS2
掲載誌 Chemistry of Materials
著者 Keita Kojima, Shunsuke Yamamoto, Koudai Sugimoto, Kazuki Iida, Toru Ishigaki, Yukinori Ohta, and Naoyuki Katayama

研究資金

  本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号:JP17K17793、JP20H01849、JP20H02604、JP21K18599、JP21J21236、JP22KJ1521、JP23H04104、JP23K03286、JP24H01620、JP24K01329、JP26H00590、JP26H00599、JP26K00019、JP26K00023、JP26K07021、JP26K17087)および科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT、課題番号:JPMJPF2221)の支援を受けて実施しました。

用語解説

1) 大型放射光施設 SPring-8
  理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、本研究は共用ビームライン、粉末結晶構造解析BL02B2で実施しました。共用ビームラインの利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来します。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

2)J-PARC MLF
  高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が管理する茨城県東海村に位置する世界最高クラスの大強度陽子ビームを利用した大型施設で、本研究はその中の物質・生命科学実験施設(MLF)に設置されているBL20茨城県材料構造解析装置iMATERIAで実施しました。iMATERIAの利用者支援等はCROSS(総合科学研究機構)中性子産業利用推進センターが行っています。J-PARC(ジェイパーク)の名前はJapan Proton Accelerator Research Complexに由来します。MLFでは、J-PARCで加速した陽子を水銀に当てることで取り出した高強度の中性子線を利用し、基礎科学研究から応用・産業分野まで、幅広い分野を対象に研究・開発が行われています。

3)放射光X線回折
  運動する電子が進行方向を変えた際に生じる、指向性が高く、非常に明るい光【放射光】を用いて、結晶中の原子の配列を調べる手法です。

4)中性子回折
  原子炉や大型加速器から発生する中性子を用いて、結晶中の原子の配列を調べる手法。X線回折と異なり、磁性をつかさどる、スピンの配列についても観測可能です。

5)X線吸収分光
  試料がどの程度X線を吸収するのかを調べることで、各原子が電子を引き寄せる強さや、局所的な原子の配列を調べる手法です。

研お問い合わせ

< 研究に関すること >
岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域
助教 小島慶太
 
< 報道に関すること >
岡山大学総務部広報課
 
学校法人北里研究所 広報室
 
総合科学研究機構 中性子科学センター
利用推進部広報担当
 
J-PARCセンター 広報セクション
E-mail:pr-section[at]ml.j-parc.jp
TEL:029 -287 -9600
 
※上記の[at]は@に置き換えてください。