日米のライバルグループが協力してニュートリノ研究を推進
T2K 実験国際共同研究グループ
高エネルギー加速器研究機構
東京大学
J-PARCセンター
本研究成果のストーリー
- Question -
✣ 素粒子ニュートリノには3種類ありますが、それらがどのような質量の順序で並んでいるのか、まだわかっていません。また、ニュートリノが粒子と反粒子で異なる振る舞いをするのか、が残された別の謎です。ニュートリノが飛行している途中でその種類を変える「振動」という現象を使って、これらの謎の解明を目指しています。
- Findings -
✣ 日本のT2K実験と米国のNOvA実験が初めて共同解析を行い、ニュートリノ振動の精密測定の結果を英科学誌Natureに発表しました。質量の順序は未解決ながら、その順序によって粒子と反粒子の振る舞いの差に大きな制限がかかることを確認しました。また、質量の二乗差の測定精度を向上させました。
- Meaning -
✣ 異なる特徴を持つ2つの国際大型ニュートリノ振動実験が、データ統合・解析することで、単独では到達できない精密な測定が可能になりました。また、ニュートリノの粒子と反粒子の振る舞いの差を調べたことにより、宇宙に物質が満ちている理由である「物質と反物質の非称性」の謎の解明に近づく一歩となりました。
T2K実験(左)とNOvA実験(右)の概要。
120文字サマリー
日本のT2K実験と米国NOvA実験が初の共同解析を実施し、ニュートリノ振動の精密測定を実現した。ニュートリノ質量順序の決定には至らずも、将来の解明に向けた重要な一歩を示した。
概要
日本のT2K実験と米国のNOvA実験は、データ統合を含む共同解析を実施し、その最初の結果を科学誌Natureに発表しました。両者はいずれも加速器を用いる長基線ニュートリノ振動実験です。この2つの実験が、異なる基線長 (ニュートリノの飛行距離) やエネルギー条件を活かした共同解析を実施し、ニュートリノ振動の精密測定を行いました。その結果、ニュートリノの質量の二乗差に関する不確かさを2%未満に縮小することに成功しました。また、3種類のニュートリノの質量順序はまだ不明であるものの、その順序によっては粒子・反粒子間の対称性であるCP対称性の破れの大きさに大きな制限がかかることがわかりました。今回の成果は、ニュートリノのCP対称性の破れや宇宙における物質・反物質非対称の起源を解明する上で重要な一歩となります。今回の共同解析は、2010年から10年間のT2Kデータと、2014年から6年間のNOvAデータを統合したもので、競合しながらも補完し合う2つの国際共同実験の協力体制を示す成果でもあります。
研究グループ
T2K実験国際共同研究グループは、世界15の国・国際機関にある76の研究機関から、約560人の研究者が参加する国際共同研究グループです。日本からは、大阪公立大学・岡山大学・京都大学・慶應義塾大学・高エネルギー加速器研究機構・神戸大学・総合研究大学院大学・東京科学大学・東京都立大学・東京大学・東京大学宇宙線研究所・東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構・東京理科大学・東北大学・富山大学・宮城教育大学・横浜国立大学の研究者と大学院生総勢約130名が参加しています。
NOvA 実験国際共同研究グループは、世界8か国49機関から250人以上の研究者が参加しています。
背景
宇宙が誕生したとき、物質と反物質が同じ数だけ存在していたはずです。しかし、もしそうであれば、両者は完全に打ち消し合い、全てが消滅してしまいます。それでも、私たちはここに存在しているのは、宇宙誕生から今までの間に、反物質がなくなり物質だけが残ったためです。なぜ物質だけが残ったのか、その理由は未だわかっていません。
物理学者たちは、その答えがニュートリノと呼ばれる非常に捉えにくく大量に存在する粒子の謎めいた振る舞いに隠されているのではないかと疑っています。「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象、つまりニュートリノが移動する途中で種類を変える現象を詳しく研究することで、その答えに近づけるかもしれません。
そこで、日本の T2K 実験と米国の NOvA 実験という、ニュートリノ振動研究に取り組む2つの国際共同研究チームがタッグを組み、初の共同成果をまとめました。別々の素粒子の国際研究チームが共同で解析に取り組んで成果を出すことは稀なケースとなります。科学誌 Nature に発表されたこの解析は、ニュートリノ振動に関する分野でもっとも精密な測定のひとつです。T2Kの共同研究者であるトマシュ・ノセク氏はこう説明します。
「今回の成果は、2つの国際共同研究チームの協力と相互理解のもとに生まれたものです。両者は、それぞれ全く異なる環境で、異なる方法と道具を使って活動してきました。」
実験は違えど、目指すゴールは同じ
ニュートリノはどこにでも存在しますが、検出や研究は非常に難しい粒子です。1950年代に初めて観測されて以来、研究が続けられていますがこの「幽霊粒子」の性質はいまだ謎に包まれています。最近の物理学の研究から、ニュートリノの性質について理解を深めることで、なぜこの宇宙には物質だけが残ったのか、その根本的な真実を明らかにできる可能性があると言われています。
T2K と NOvA はどちらも「加速器長基線ニュートリノ振動実験」と呼ばれる実験で、人工的に強力なニュートリノビームを発射し、発射源近くの近距離ニュートリノ検出器と、数百キロメートル離れた遠距離ニュートリノ検出器の両方でニュートリノを捉え、飛行中に起こるニュートリノの種類の変化を調べています。ニュートリノ振動は、ニュートリノの飛行距離でその現象のあらわれ方が異なります。
NOvA(NuMI Off-axis νe Appearance 実験)は、米イリノイ州シカゴ近郊のフェルミ国立加速器研究所(Fermilab)からミネソタ州アッシュリバーにある14,000トンの液体シンチレーター検出器まで、810kmの距離で実験をしています。T2K(Tokai to Kamioka 実験)は、茨城県東海村で高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が共同運営するJ-PARCから岐阜県飛騨市神岡の地下1kmにある50,000トンの水チェレンコフ型検出器スーパーカミオカンデまで、295kmの距離で実験をしています。
両実験は科学的な目的は共通しているものの、距離やニュートリノのエネルギーが異なるため、データを組み合わせることでより多くの情報が得られると期待されます。NOvA の共同研究者リュドミラ・コルパエワ氏はこのように説明します。
「共同解析を行うと、単独実験よりも常に精度が上がります。同じ目的を持っていても高エネルギー物理学の実験はセットアップが異なることが多いのです。共同解析により、それぞれのセットアップでの補完的な特徴を活かすことができます。」
2017年ごろから2つの実験を組み合わせることでさらに感度よくニュートリノ振動の測定をすることを目指した議論が始まりました。その後、十分なデータが蓄積し、また共同解析の準備も整い、今回の成果につながりました。
何がわかったのですか
今回の成果で、ニュートリノのCP対称性の破れとニュートリノの質量に関する新しい知見を得ることができました。「CP対称性の破れ」では、ミューニュートリノから電子ニュートリノへの振動が、ニュートリノと反ニュートリノの間に非対称性をもたらします。実は、「ニュートリノ質量順序」によっても、そのあらわれ方が変わります。「ニュートリノ質量順序」とは、どのニュートリノがもっとも軽いかを問う問題です。ニュートリノには極めて小さな質量があり、その質量の順序には「正順」と「逆順」の2通りがあります。正順では、軽い質量状態が2つ、重い状態が1つ、逆順では重い質量状態が2つ、軽い状態が1つとなります。
正順ではミューニュートリノが電子ニュートリノに振動する確率が高まり、反ミューニュートリノが反電子ニュートリノに振動する確率は低下します。逆順の場合はその逆が起こります。「CP対称性の破れ」による効果と「ニュートリノ質量順序」による効果は、1つの実験で分けることは簡単ではありません。異なる距離とエネルギーの2つの実験を組み合わせることで、この2つの効果を切り分けやすくなります。共同解析は、この点を狙いました。
T2K実験もNOvA実験も、以前のそれぞれ単独の解析では正順序の方がデータ的に確かな(有意性が高い)結果を得ていたのですが、今回の共同解析では、どちらの質量順序にも有意差がないという結果になりました。将来、もし正順だと判明した場合はCP対称性の破れについて明確なことは言えず、さらなるデータが必要です。一方で、もし逆順であることが判明すれば、今回の結果はニュートリノがCP対称性を破っている証拠となり、この宇宙で物質が残り、反物質が消えた理由の説明につながる可能性があります。
また、この共同解析ではニュートリノの質量の二乗差について、その不確かさを2%未満に縮小することに成功しました。これは、これまでよりも精密な測定結果です。この結果により、他のニュートリノ実験との精密な比較が可能となり、ニュートリノの性質をさらに検証できるようになりました。
今後の展望
今回の共同解析はニュートリノの謎を完全に解いたわけではないですが、知識を大きく前進させ、競合しながらも補完的な協力関係を築けることを証明しました。共同解析の準備は2019年に始まり、NOvAの6年分(2014年開始)、T2Kの10年分(2010年開始)のデータを統合しました。両実験は今もデータ収集中で、すでに最新データを使った次回解析の準備が進んでいます。
今回の成果は今後のニュートリノ研究の礎となります。米国では、Fermilab主導のDUNE実験が建設中で、1,300kmというさらに長い基線により質量順序の決定に高感度を発揮し、2030年代初頭には決定的な答えを出せる可能性があります。日本では、スーパーカミオカンデの後継「ハイパーカミオカンデ」が岐阜県飛騨市神岡の鉱山の地下に建設中で、2028年から実験開始の予定です。ハイパーカミオカンデは、スーパーカミオカンデの約8倍大きい検出器と大強度ビームによる統計量の多い測定によりCP対称性の破れを高感度に探索します。
多くの物理学者は、次世代のニュートリノ実験が NOvA と T2K のように協力し、ニュートリノとその特異な性質についての理解をさらに深めてくれることを期待しています。最後にノセク氏はこのように説明しました。
「今回の解析が示す通り、真の意味での『ライバル』実験は存在しません。すべての研究は共通の科学的目標 ― 現象の解明 ― を共有しています。協力は、知識やノウハウ、経験の伝達、そして資源・アイデア・道具の共有において不可欠です。T2K-NOvA の協力関係は、単なる2つの実験の和ではありません。それは、はるかに大きな価値を持つのです。」
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T2K実験国際共同研究グループ (左) とNOvA実験国際共同研究グループ (右)
論文情報
タイトル | Joint neutrino oscillation analysis of data from the T2K and NOvA experiments |
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著者 | S.Abubakar et al. (NOvA and T2K collaboration) |
雑誌名 | Nature Vol. 646, pp.818-824, on October 22, 2025 https://www.nature.com/articles/s41586-025-09599-3 |
DOI | https://doi.org/10.1038/s41586-025-09599-3 |