プレスリリース

2024.10.11

ステンレスの低温強度が飛躍的に向上するメカニズムを中性子で解明
- 結晶粒超微細化で延性を失わずに高強度化 -

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
中華人民共和国 东北大学
国立大学法人京都大学

発表のポイント

  ✣ 一般的に金属材料は、低温環境下で強度が向上しますが、延性が低下します。低温で使用される機器や設備の安全性や性能を高めるために、低温でより優れた強度と延性を持つ材料が求められています。
  ✣ 本研究では、一般的なステンレス鋼(SUS304)の結晶粒を、特殊な設備を必要としない手法で1ミクロン以下に超微細化することで、低温での延性が大きく低下することなく、強度が飛躍的に向上することを見出しました。
  ✣ 結晶粒超微細化SUS304ステンレス鋼の低温変形メカニズムを、中性子回折などで調べました。その結果、結晶構造の変化や結晶欠陥の活動などの複数のメカニズムが段階的に起こることが、優れた強度と延性を両立させていることを明らかにしました。
  ✣ 本結果は、他の金属材料においても、結晶粒超微細化によって低温での機械的特性を向上させられる可能性を示しており、優れた低温用構造材料の開発につながることが期待されます。

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概要

  結晶粒を超微細化したステンレス鋼は低温状態でも室温と同程度の延性をもち、室温よりも強度が大幅に向上することを発見しました。さらに、J-PARC 註1物質・生命科学実験施設(以下、「MLF」という。)に設置されている工学材料研究用中性子回折装置TAKUMI 註2(以下「TAKUMI」という。)を用いて、変形温度の低下にともなう結晶構造変化と結晶欠陥のふるまいの変化が、結晶粒超微細化ステンレス鋼の低温での優れた強度と延性を生み出していることを明らかにしました。

  液化天然ガスのタンクや輸送機器、超伝導磁石、宇宙探査用の機器など、低温で使用される機器や設備は多くあります。これらの機器や設備の安全性や信頼性を高めるために、低温状態でも優れた強度と延性をあわせ持つ材料が求められています。

  本研究ではステンレス鋼の結晶粒を超微細化したところ、低温状態でも延性が低下せず、強度が室温よりも大幅に向上することを発見しました。また、中性子回折とデジタル画像相関法を同時に用いた分析によって、変形の初期段階では結晶構造の変化が支配的に起こり、これが結晶欠陥の発生と移動によって起こる塑性変形を遅らせることで、優れた強度と延性が両立していることを明らかにしました。

  本研究で得られた知見は、結晶粒超微細化によって既存の材料の性能を高め、低温で優れた強度と延性を両立する金属材料を実現する道筋を示すものです。

  なお本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構J-PARCセンターのマオ・ウェンチ博士研究員(現:中華人民共和国东北大学)、伊東達矢博士研究員、ゴン・ウー研究副主幹、川崎卓郎研究副主幹、ハルヨ・ステファヌス研究主幹、京都大学大学院工学研究科のガオ・シ准教授、辻伸泰教授の研究グループによる成果です。

  本成果は、2024年10月1日発行の英科学誌『Acta Materialia』にオンライン掲載されました。

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背景

  液化天然ガスのタンク・輸送機器や超伝導磁石、宇宙探査用機器など、低温で使用される機器や設備は様々な産業で広く利用されています。このような設備・機器の破損を防ぐためには、低温状態で高い強度を示すと同時に、高い延性を示す、優れた機械的特性を持つ材料が必要です。

  ステンレス鋼は強度と延性のバランスが良いことから代表的な構造材料として広く用いられています。その中でも304や316と呼ばれる規格のステンレス鋼は低温でも優れた機械的特性をもつことから低温設備の材料として利用されています。しかしながら、低温での弾性限が期待されていたほどは向上していない、という課題があります。

  過去の研究によって、304ステンレス鋼 註3の結晶粒を1ミクロン以下に超微細化すると、室温状態での弾性限 註4は通常の状態に比べると約4倍程度向上することが分かっていました。この結晶粒超微細化304ステンレス鋼は低温においても優れた機械的特性をもつことが期待されたため、本研究を行いました。

研究の成果

  本研究では、まず市販の304ステンレス鋼に対して2段階の圧延加工と熱処理をほどこすことで、結晶粒を1ミクロン以下に超微細化した304ステンレス鋼(Ultrafine-Grained:UFG304)を作製しました(図1)。続いて、UFG304に対して室温から77Kの低温までのいくつかの温度で引張試験を行いました。その結果、以下の変化が起こることが分かりました(図2)。

(1) 弾性限が1.0 GPaから1.4 GPaに向上する
(2) 破断せずに延びる限界は低下するものの、77Kにおいても約25%延びることができる
(3) 220K以下では、変形の後半で加工硬化 註5が起こり、77Kでは最大で1.9 GPaという非常に大きな力に耐えることができる

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図1. UFG304の金属組織の電子顕微鏡観察像(各結晶粒の色は方位の違いを表している)

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図2. UFG304の295 K(室温)、220 K、170 K、120 K、77 Kでの引張試験の結果。

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図3. 本研究で行ったUFG304の変形メカニズムの評価の概要。右下図で、「111」「110」「200」はそれぞれの回折線を生み出している結晶粒の方位を、「γ」と「α'」はオーステナイト母相とマルテンサイト生成相を表している。

  さらに、変形する過程でUFG304にどのような変化が起こり、このような特性が発現しているのかを、中性子回折とデジタル画像相関(DIC)法によって調べました。

  中性子回折では、材料を構成する相の結晶構造と存在する割合や、結晶粒内の結晶欠陥 註6の量や性質を知ることができます。一方、DIC法では試験片の部分ごとの変形量を知ることができます。この2つを組み合わせることで、引張変形させる過程で、どの部位が、どれだけ変形したか、その変形はどのようなメカニズムで生み出されているかが分かります。本研究では、中性子回折とDIC法を同時に用いて、UFG304の低温状態での変形メカニズムを調べました。その結果、UFG304の変形挙動は室温と77Kの低温では以下のように異なっていることが分かりました。

  室温での変形では、最初に弾性変形が起こります。応力が弾性限に達すると、マルテンサイト変態、結晶欠陥の一種である転位の発生と移動による塑性変形の2つの変形メカニズム(図4)が同時に発生し、変形の終盤まで続きます。このような状況では加工硬化は起こりません。

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図4. UFG304の延性を生み出す2つの変形メカニズム。上図の青球はステンレス鋼を構成する原子を表している。

  一方、低温では次の4つの段階に分けて変形が進みます(図5)。①最初の段階では、室温と同じく弾性変形が起こります。②応力が弾性限に達すると、マルテンサイト変態が起こります。ここでは室温とは異なり、マルテンサイト変態のみが起こり、転位の発生・移動による塑性変形は起こりません。また、マルテンサイト変態は試験片全体ではなく一部分に集中して発生し、発生部位が伝播していくことで試験片が延びていきます。③残っているオーステナイト母相で塑性変形が起こり、応力が上昇します。それと同時にマルテンサイト変態も起こります。④オーステナイト母相が完全になくなります。ここまでに生成されたマルテンサイト相が塑性変形しながら、試験片が破断するまで応力が上昇し続けます。

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図5. 4つの段階で進展するUFG304の77 Kでの変形メカニズム。   γ:オーステナイト母相、α':マルテンサイト生成相。

  このように、4つの段階で異なるメカニズムで変形することで、UFG304は低温において大きな延性を維持しつつ、強度が向上していることが明らかとなりました。本研究では、DIC法によって部分的な変形の発生と伝播を観察しています。通常の引張試験の場合、全体の延びと応力を評価するだけであるため、このような知見は得られません。また、中性子回折によって、延性を生み出すメカニズムがマルテンサイト変態なのか、転位の発生や移動なのか、それぞれを区別し、定量的に評価しています。中性子回折とDIC法の二つの手法を併用することで、UFG304の低温での変形メカニズムの真相が明らかになりました。

成果の意義

  本研究では、304ステンレス鋼という一般的に使われている材料に対し、圧延と熱処理という一般的なプロセスによって結晶粒を超微細化することで、低温での延性を大きく失うことなく強度を飛躍的に向上させることに成功し、そのメカニズムも明らかにしました。これは、ありふれた材料でも、一般的な金属加工設備を用いた組織制御によって、力学特性を大幅に向上させることができる道筋を示しています。ステンレス鋼だけでなく、アルミ合金や銅合金といった様々な合金でも、結晶粒超微細化によって低温での特性を向上させることができるかもしれません。今後、本研究の知見を活用した、液化ガス設備や超伝導機器、宇宙探査などの、低温で利用する高性能材料の実現が期待されます。

発表論文の情報

  Wenqi Mao, Si Gao, Wu Gong, Takuro Kawasaki, Tatsuya Ito, Stefanus Harjo, Nobuhiro Tsuji, "Martensitic transformation-governed Lüders deformation enables large ductility and late-stage strain hardening in ultrafine-grained austenitic stainless steel at low temperatures", Acta Materialia,
  doi: /10.1016/j.actamat.2024.120233
この研究は科研費JP18H05479、JP22K14509、JP23K20037、科学技術振興機構CREST JPMJCR1994、および文部科学省 データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト JPMX- P1122684766の助成を受けたものです。

問い合わせ先

< 研究内容に関すること >
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター
物質・生命科学ディビジョン 中性子利用セクション
研究主幹 ハルヨ ステファヌス
 
< 報道に関する問合せ >
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
総務部 報道課
 
J-PARCセンター広報セクション
TEL:029 -287 -9600
E-mail:pr-section[at]ml.j-parc.jp
 
※上記の[at]は@に置き換えてください。
 

用語解説

註1 J-PARC
  大強度陽子加速器施設(Japan Proton Accelerator Research Complex)の略。高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われている。J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)では、世界最高強度のミュオン及び中性子ビームを用いた研究が行われており、国内のみならず世界中から研究者が集まっている。

註2 工学材料研究用中性子回折装置TAKUMI(匠)
  J-PARCのMLFに設置された飛行時間型中性子回折装置。世界最高水準の分解能を誇る。材料の環境を変化させながら、その場で試料内部のひずみや微細構造変化を詳細に測定できるため、工学材料研究の強力な手段になっている。

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図1 J-PARCの工学材料研究用中性子回折装置TAKUMIに、DICシステムを備えた低温変形試験機を設置した様子

註3 304ステンレス鋼
  クロムを18%、ニッケルを8%含むオーステナイト系ステンレス鋼。錆びにくく、加工性や溶接性も良好であり、パイプや板材などの様々な形で使われている代表的なステンレス鋼。マルテンサイト系ステンレス鋼より低温に強い。

註4 弾性限
  試験片に負荷をかけたときに弾性を保つ限界。弾性限を超える負荷をかけると、塑性変形がはじまる。また、負荷を取り除いても元の形状には戻らない。

註5 加工硬化
  金属を塑性変形させることで強度が高まる現象。塑性変形によって転位が発生し、増加していくことで、次第に転位が動きにくくなることで起こる。

註6 結晶欠陥
  電子の電荷を活用するエレクトロニクスに加えて、スピンの自由度も利用する新しい技術のこと。