第3の固体「準結晶」における特異な格子振動の伝播
- つかえながら進み、前後で伝わり方が異なる格子の波 -
総合科学研究機構
東京大学
日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
発表のポイント
✣ 準結晶*1の格子振動*2 (フォノン) において、階層的なギャップ構造やエネルギー・波数に対し非対称なフォノン強度を世界で初めて中性子非弾性散乱実験*3で発見。
✣ 準結晶では、格子の波がいたる所で散乱されながらも、つかえながら進んでいくことを示唆。
✣ 伝わる向きで性質が異なる格子波の非相反性*4は、熱マネージメントやフォノンの流れの非相反的制御への応用に期待。
概要
一般に、固体は、原子配列の秩序性の違いで、大きく3つに分類することができます。1つ目は周期的な原子配列をもった「結晶」で、2つ目は原子配列に明確な秩序が存在しない「アモルファス」、3つ目が「結晶」のもつ周期性とは本質的に異なる特殊な原子配列秩序をもった「準結晶」です。準結晶の構造は、準周期性をもち、4次元以上の高次元空間を用いて明快に記述できることがわかっていますが、物質の性質を決める上で重要な格子や電子の波動が準周期構造の上でどのように伝播するのかについての理解が不十分でした。
一般財団法人総合科学研究機構中性子科学センターの松浦直人主任研究員、東京大学生産技術研究所の張晋嘉大学院生、上村祥史助教、枝川圭一教授らは、J-PARCセンターの古府麻衣子副主任研究員の協力のもと、準結晶AlPdMnにおける格子波のエネルギー、波数依存性の詳細を調べ、音響フォノンにおける階層的なギャップ構造や波数・エネルギーに対して非対称な強度を持つ非相反伝播を世界で初めて発見しました(図1)。このような通常の周期的な格子では見られない格子振動の特徴は、準結晶を用いた熱マネージメントやフォノンの流れ制御への応用が期待されます。
本研究成果は、米国の科学雑誌「Physical Review Letters」のオンライン版に9月26日付で掲載される予定です。また、同誌が選ぶ特に重要な論文としてEditors' Suggestionに選出されました。
背景
通常の物質は原子が周期的に並んでいますが、周期性と相容れない5回対称の回転対称性を有する物質 (準結晶) が1984年にシュヒトマン (2011年ノーベル化学賞受賞) によって発見されて以来、準結晶は通常の周期的な系にはない性質が期待され、研究が続けられています。高次元結晶学により準結晶の構造については理解が進んできた一方、準結晶における格子ダイナミクスの理解はまだ道半ばにあります。原子は有限温度において、ある安定点の周りに振動していますが、その振動は温度とともに大きくなり、この振動が波として伝播することで熱伝導が生じています。原子が周期的に並んだ通常の結晶においては、原子が隣の原子と協同してどのように振動するのかについてはよく理解されていますが、原子が周期的に並んでいない準結晶では、格子の波 (フォノン) が準周期構造の上でどのように伝播するのかについての理解が不十分でした。
研究の内容
これまで準結晶におけるフォノンを調べる手段として、中性子やX線の非弾性散乱実験が行われてきました。しかし、それらの実験における典型的なエネルギー分解能はフォノンの全体像を調べるのには適していますが、低エネルギー領域のフォノンの詳細な構造を調べるのには不十分でした。本研究では、J-PARC MLFに設置されている2台の中性子分光器AMATERASとDNAを用い、従来の実験より約1000倍高いµeVオーダーの分解能など様々なエネルギー分解能で測定することで、準結晶AlPdMnのフォノンに非常に細かいギャップ構造(特異連続状態)があることを明らかにしました。観測されたギャップエネルギーは、AlPdMnのフラクタル的な準周期構造を記述する重要なパラメータである黄金比τ(=(1+√5)/2)倍スケールされており、シミュレーションとの比較から、準周期構造により格子の波が至る所で散乱され、ギャップが生じていることが分かりました。つまり、周期的でない準結晶における格子の波は、並進対称性がないことにより至る所でつかえながら進んでいることを示しています。
また、フォノン強度を詳細に調べることにより、準結晶におけるフォノンは、波の進行方向やエネルギーに対して非対称であることも明らかになりました(図2)。Braggピークからの還元波数ベクトル (q=Q-QBragg) に対するフォノンの非相反性は、反転中心対称性の破れたカイラル磁性体でも見られますが、準結晶では還元波数ベクトルqのみならず波数ベクトルQと-Qのフォノン、そしてエネルギーに対して非相反性が見出されました (図3) 。これらの非相反性は通常の周期的な格子でのフォノンでも見られない特徴であり、準結晶において観測されたのは今回が初めてです。
図1 準結晶AlPdMnの波数 (Qx) -エネルギー (E) マップにおける音響フォノン強度分布 (右図) 。通常、フォノンはエネルギーとともに半径が広がっていくコーンのような形状を持ち (左図) 、その強度は連続的に変化します。準結晶ではいくつかのエネルギーでギャップが生じ、フォノン強度が不連続に弱くなっている (白矢印) ことが明らかになりました。
図2 準結晶フォノンの幾つかの励起エネルギーでの強度分布図 (図1左図の円状の断面図) 。通常のフォノンは波数ベクトル (Q) に対して対称的なシグナルを示しますが、準結晶ではフォノンの強度がある方向に偏っていて、その分布がエネルギーにより変化しています。
図3 エネルギー (E) 方向に非対称な準結晶フォノンの例。通常のフォノンは、測定した室温付近の温度 (300K) において、プラスエネルギーとマイナスエネルギーでほぼ同程度の強度を示しますが、準結晶のフォノンでは、強度が非対称なフォノンが観測されました。
研究の意義と展望
準結晶の静的な構造は、高次元結晶学により理解が進んできましたが、物性に重要な役割を与えるダイナミクス (動的挙動) に関しては理解が不十分でした。本研究で明らかになった格子ダイナミクスにおける階層的なギャップ構造 (特異連続状態) は、準結晶における電子や磁性といった他の自由度のダイナミクスについても指針を与えるものです。また、エネルギーや波数に対するフォノンの非相反性は、従来の周期的な物質には無い特徴であり、フォノンの流れを制御する熱マネージメントに準結晶が活用されることが期待できます。
研究支援
J-PARCの物質・生命科学実験施設における中性子実験は、ユーザープログラム (課題番号2020A0094, 2020B0201) に基づき実施されました。本研究はJSPS科研費 (JP19H05819, 19H05821) 、J-PARC MLFにおける共同研究 (202111-RDKGE-0004, 202112-RDKGE-0019, 202012-RDKGE-0042) 、JST-CREST (JPMJCR22O3) の助成を受けたものです。
各研究機関の役割
総合科学研究機構:研究計画立案、中性子散乱実験 (DNA, AMATERAS) 、解析、論文執筆
東京大学:試料合成、シミュレーション
日本原子力開発研究機構:中性子散乱実験(AMATERAS)
論文情報
タイトル | Singular continuous and nonreciprocal phonons in quasicrystal AlPdMn |
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著者 | Masato Matsuura1, Jinjia Zhang2, Yasushi Kamimura2, Maiko Kofu3, and Keiichi Edagawa2 |
掲載誌 | Physical Review Letters (Editors' Suggestionに選出) |
著者所属 | 1 Neutron Science and Technology Center, Comprehensive Research Organization for Science and Society (CROSS), Tokai, Ibaraki 319-1106, Japan 2 Institute of Industrial Science, The University of Tokyo, Tokyo, Japan 3 J-PARC Center, Japan Atomic Energy Agency, Tokai, Japan |
DOI | 10.1103/PhysRevLett.133.136101 |
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用語解説
※1 : 準結晶
通常の物質は周期的に原子が並んでいますが、準結晶は5回、10回、12回など並進対称性と相容れない回転対称性と、自己相似性、準周期性とよばれる長距離原子配列秩序を持ちます。D. Shechtmanはこの準結晶の発見により2011年にノーベル化学賞を受賞しています。
D. Shechtman et al (PRL 53,(1984) 1951.) による準結晶AlMnの電子回折像。周期的に原子が並ぶ通常の物質では反射スポットは周期的に並びますが、準結晶の反射スポットは5回回転対称性や、τ倍すると同じパターンが現れる (右図) 自己相似性を示します。
※2 : 格子振動
原子はバネでつながって振動しています。このような振動は波として物質中に伝わり、波は固有のエネルギー値をもちます。このような物質を構成する格子に起こる波を格子振動 (フォノン) といいます。フォノンは振動のしかたにより、音響フォノンと光学フォノンに大別され、熱は主に音響フォノンによって運ばれます。
※3 : 中性子非弾性散乱実験
中性子を試料に照射し、中性子と試料とのエネルギーのやり取りを精密に測定することにより、格子やスピンの振動、揺らぎを調べることができます。
※4 : 非相反性
波の伝播方向が前向きか後ろ向きかによって性質や効果が異なる現象です。