プレスリリース

2024.04.26

カイラル結晶構造と反強磁気秩序の自発的出現
- 時間と空間の反転対称性が同時に破れた新奇構造を発見 -

茨城大学
高エネルギー加速器研究機構
総合科学研究機構
日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
東北大学

発表のポイント

  ✣ 空間反転と時間反転の対称性が逐次的・自発的に破れる物質を発見しました
  ✣ カイラル結晶構造が出現し、そのもとで一次元反強磁性イオン鎖が三角格子を介してつながる反強磁気構造を、放射光X線散乱・中性子散乱によって明らかにしました
  ✣ トポロジカル電子状態を示しうる新奇な物質を提案するものです

発表概要

  茨城大学大学院理工学研究科の下田愛海さん(研究当時大学院生、現在:キオクシア株式会社 勤務)、茨城大学原子科学研究教育センターの岩佐和晃教授を中心とするグループは、茨城大学大学院理工学研究科の桑原慶太郎教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の佐賀山基准教授と中尾裕則准教授、総合科学研究機構中性子科学センターの石角元志副主任技師と中尾朗子副主任研究員、J-PARCセンターの河村聖子研究副主幹と村井直樹研究員と大原高志研究主幹、東北大学金属材料研究所・高等研究機構の南部雄亮准教授の協力のもと、blueRemeika相化合物(注 1)のうちネオジム・ロジウム・錫(スズ)を含むNd3Rh4Sn13が示す結晶構造相転移と磁気秩序の詳細を明らかにし、空間反転と時間反転の対称性が逐次的・自発的に破れる相転移を発見しました。

  結晶中の原子配列の対称性は物質の性質を決定づける因子です。例えば、原子が存在する物質領域とその外側の真空の境界で空間反転対称性(注 2)が破れた場合、物質内部が絶縁体であっても、境界表面では電流が生じるというディラック電子状態が知られています。また、右手と左手、あるいは右ネジと左ネジのような対掌性の関係にある構造は、鏡に映る実像と虚像の関係にありますが、右と左それぞれは反転対称性が失われています。このようなカイラル対称性においてもワイル電子と呼ばれる特殊な電子状態が現れ、実効的には質量のない電子が運動する半金属状態が期待されています。

  本研究グループは、このような空間反転対称性の破れた結晶構造に自発的に相転移し、さらに磁気秩序によって時間反転対称性(注 2)も破れうる物質を開拓すべく、Remeika相化合物Nd3Rh4Sn13を詳しく調べました。その結果、この物質がカイラル対称結晶構造に相転移し、さらに反強磁気秩序化することを明らかにしました。特に、ネオジムイオンの一次元鎖状格子の磁気モーメントが反強磁気状態を取りつつ、隣接する一次元鎖と三角格子を介して連結して三次元構造をとるという特徴を明らかにしました。このような対称性の破れは新たなトポロジカル電子状態(注3)を示唆するものと期待できます。

  本成果は、Physical Review B 誌 のEditors' Suggestionとして2024年4月16日付で公開されました。

発表内容

研究の背景

  現代のIT社会を支える電子デバイスや素子は、数多くの物質における電気伝導や磁性のような電子が示す基礎的な性質を追究してきた先人たちの努力の結果です。有益な物性現象はしばしば、結晶を形作る原子の配列パターンや、原子が抱える微小磁石(磁気モーメント)の配列パターンの変化が温度の変化とともに現れる相転移において見出されます。このとき物質中の電子が化学結合による原子配列や磁気モーメントの配列構造を決定するため、逆に新しい結晶構造や磁気秩序構造を見出せれば、電子の新たな姿を見出せることになります。近年、反転させると元とは一致しない結晶構造をとる物質において、その幾何学的特徴(トポロジー)によって決定づけられる新奇な電子状態に注目が集まっています。特に、電気伝導を担う電子があたかも光のような質量のない粒子のように振る舞うことがあり、デバイスや素子への応用も期待されています。さらにそのような特徴的なトポロジカル電子が磁気モーメント間の相互作用を媒介することで生じる磁気秩序構造には、これまでとは異なるパターンが潜んでいると考えられます。したがって相転移によって自発的に現れる反転対称性のない結晶構造と磁気秩序化を見出し、その詳細を明らかにすることが物質科学の発展に重要であると言えます。

研究内容

  本研究グループは、自発的に反転対称性を破る磁性体に注目しました。これまでの研究により、希土類元素(セリウムやネオジム)・遷移金属元素(コバルト、ロジウム、イリジウム)・錫を含むRemeika相化合物のいくつかが、高温から低温の結晶構造へ相転移する際に反転対称性を失うことを明らかにしてきたため、本研究ではネオジムを含むNd3Rh4Sn13に着目しました。まずKEKフォトンファクトリーでのX線回折(注4)によって、65℃以下の低温で新たなX線回折ピークが観測されました(図1(a), (b))。この結果を詳細に解析したところ、反転対称性のないカイラルな結晶構造に変化することがわかりました(図1(c), (d))。ネオジムイオンが直線的に並んだ2種類の一次元状の鎖が、直行する三方向に伸びていて、かつそれらが渦を巻くように配置しています。渦を巻く中心は三角形になっており、渦の巻き方が異なる左右対掌なカイラル構造です。

  次に総合科学研究機構にて磁化を測定し、さらに日本原子力研究開発機構の研究用原子炉JRR-3と大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設で中性子散乱(注5)を実施し、1.65 K(約マイナス271℃)の極低温でネオジムイオンの磁気モーメントの秩序状態を観測しました(図2(a), (b))。データ解析の結果、図2(c), (d)のような磁気モーメントの配列であることを明らかにしました。カイラル対称結晶構造におけるネオジム鎖上で磁気モーメントが交替的に配列し、渦を巻く鎖は三角格子で連結しており、空間反転と時間反転の両者が逐次的・自発的に破れることがわかりました。過去に同類のRemeika相化合物Nd3Co4Sn13において類似した磁気秩序構造が提案されていましたが、本研究においてネオジムを含むRemeika相化合物の真の対称性を明らかにする結果が得られました。このような複雑な結晶構造と磁気構造が決定できたのは、高エネルギー加速器研究機構、日本原子力研究開発機構、およびJ-PARCの世界有数の実験施設が供給する量子ビームの賜物です。

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図1: (a) 360 K (87℃)と(b)200 K (マイナス73℃)で測定した放射光X線データ。低温で新しい回折ピークが現れ、結晶構造が変化したことがわかる。(c) (d) この放射光X線回折実験によって決定した結晶構造(VESTAによる描画)。(c)を左手に対応させると、(d)は右手に相当する対掌のカイラル対称結晶構造になっている。ネオジムは2種類(緑色のNd1と青色のNd2)存在し、それらが一次元的に並んでいる鎖が左回り、あるいは右回りで配置するように見える。左右それぞれの結晶構造は空間反転対称性が破れている。

 

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図2:(a) 0.64 K(約マイナス272℃)と2 K(マイナス271℃)での中性子回折パターンを示す。(b) 中性子回折強度の温度依存性。1.65 K以下で反強磁気秩序構造が生じていることを示している。(c) 中性子回折から導いた反強磁気秩序構造。ネオジムの一次元鎖で磁気モーメントは交替配列している。 (d) 見方を変えると1次元鎖は三角格子で連結しており、磁気フラストレーション系の特徴を持っている。

今後の展開など

  本研究グループでは以前、セリウムを含む同型物質に存在するトポロジカル状態のワイル電子を突きとめました。本研究で解明されたカイラル結晶構造と反強磁気秩序構造の自発的発現は、物質中を伝導するワイル電子がネオジムイオン間にはたらく磁気相互作用を媒介していることを想起させます。さらにカイラル結晶構造の特徴を反映して、一次元反強磁気鎖が三角格子を介して連結している幾何学的な特徴から、磁気フラストレーション(注6)も重畳していると考えられます。すなわち、まだ未解明なカイラル対称物質中のトポロジカル伝導電子による磁気状態を示す典型物質として、今後の理論的な研究にもつながると期待されています。

発表雑誌

雑誌名 Physical Review B (Editors' Suggestion)
論文タイトル Antiferromagnetic ordering and chiral crystal structure transformation in Nd3Rh4Sn13
著者 Ami Shimoda, Kazuaki Iwasa*, Keitaro Kuwahara, Hajime Sagayama, Hironori Nakao, Motoyuki Ishikado, Akiko Nakao, Seiko Ohira-Kawamura, Naoki Murai, Takashi Ohhara, and Yusuke Nambu (*:責任著者)
DOI https://doi.org/10.1103/PhysRevB.109.134425

研究分担

  ✣ 下田、岩佐:研究立案、論文執筆、および総括
  ✣ 下田、岩佐、桑原:単結晶試料合成、およびX線回折による初期評価
  ✣ 下田、岩佐、佐賀山、中尾(裕):放射光X線散乱データ収集・分析、およびモデル解析
  ✣ 下田、岩佐、石角:磁気測定データ収集・分析、およびモデル解析
  ✣ 下田、岩佐、石角、中尾(朗)、河村、村井、大原:J-PARCにおける中性子散乱データ収集・分析、およびモデル解析
  ✣ 下田、岩佐、南部:JRR-3における中性子散乱データ収集・分析、およびモデル解析

研究助成等

  本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域(A) 「アシンメトリ量子制御と機能」(課題番号JP23H0486)における計画研究A01「量子ビームによるアシンメトリ量子物質のミクロ解析」(JP23H04867)、同基盤研究A(JP22H05145)、同基盤研究B(JP18H01182、JP20H01848、JP21H03732)、山田科学振興財団2020年度研究援助、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR202V)の助成を受けて行われました。

  放射光X線散乱実験は、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 放射光共同利用実験課題(2019G568)として実施しました。中性子散乱実験は、J-PARC物質・生命科学実験施設の特殊環境微小単結晶中性子構造解析装置SENJUおよび冷中性子ディスクチョッパー型分光器AMATERASを用いた利用研究課題(2020B0098、2020B0112、2021B0093)で実施しました。さらにJRR-3に設置された高性能中性子粉末回折装置HERMES(東北大学金属材料研究所が設置)を用いた東京大学物性研究所全国大学共同利用課題(22620)として行いました。

用語の説明

(注 1)Remeika相化合物
  1980年代初頭にJ. P. Remeikaらが発見した化合物の総称であり、希土類元素・遷移金属元素・錫あるいはゲルマニウムなどが3 : 4 : 13の比で化合した物質を指します。錫あるいはゲルマニウムなどで形成されたカゴ状の格子が、希土類元素と遷移金属元素を介して集積した結晶構造をとります。Remeika相には超伝導体、重い電子系(近藤物質)、磁性体などが知られています。合成当初から元素の組み合わせによって異なる結晶構造が現れると指摘されていましたが、最近、反転対称性の破れたカイラル構造をとる物質が見つかっています。

(注 2)空間反転対称性と時間反転対称性
  物質をある点の周りで反転させたとき、原子配列が反転前の配列と同等である場合、空間の反転に対して対称であると言います。さらにそのような物質で生じる物理現象も反転操作によって変化しないことを含めて空間反転対称性があると言います。逆に反転によって構造や現象が異なる場合に空間反転対称性が破れたと言います。
  磁場や磁気モーメントは円環電流によって生じます。仮に時間を反転すると、電流方向は逆転し、磁場や磁気モーメントも逆向きになります。このように時間反転によって状態や現象が変化する場合、時間反転対称性は破れていると言い、磁性体の秩序化は典型例です。

(注 3)トポロジカル電子状態
  トポロジー(位相幾何学)の数学では、連続的な変形によっても変化しない不変量で物体の形状を分類します。物質中の電子は量子力学による波動関数で表現されます。例えば空間反転に対する波動関数の偶奇性で表されるような特徴によって分類すると、一見異なる電子状態が類似した性質を普遍的に示すようになります。この偶奇性のような電子波動関数の変形によって変化しないトポロジカルな不変量によって、物質ごとの組成や構造の詳細によらない電子状態を表現できます。

(注 4)X線回折、放射光X線散乱法
  電子加速器リングの接線方向に放射される指向性と偏光性を持つ光を放射光と呼びます。この光のうちX線を物質に入射すると、主に物質中の電子でのトムソン散乱が生じ、入射光と異なる方向に光が放出されます。多数の電子からの放出光は干渉するため、ブラッグ反射と呼ばれる点状の回折点が現れます。回折点の放出方向と強度を解析することにより、物質内部の原子配置を決定することができ、これを放射光X線回折と呼びます。このほか入射光と物質の相互作用によっては入射光と異なるエネルギーの光が物質から放出されることがあり、原子内の電子エネルギー準位の情報を得ることもできます。

(注 5)中性子散乱、中性子散乱法
  原子炉や加速器から供給される中性子線を物質に照射すると、物質内での相互作用を通して運動方向やエネルギーが変化した中性子が散乱されます。この変化を観察する実験手法を中性子散乱法と呼びます。中性子は原子を構成する原子核と相互作用するため、散乱後の中性子は原子核位置の情報を与えます。また中性子は微小磁石であるスピンを持っているため、電子の持つ磁気モーメントとも相互作用します。これにより、中性子散乱では原子核位置の配列としての結晶構造と磁気モーメント配列による磁気秩序構造、およびそれらの運動を測定することができます。

(注 6)磁気フラストレーション
  通常、磁性体内部の磁気モーメントは互いに相互作用を及ぼすので、低温で磁気秩序化します。しかし、必ずしも磁気モーメントの安定な方向が定まらない場合があります。例えば三角格子上の反強磁性では、第1、第2の磁気モーメントが反対向きになって安定化したとしても、第3の磁気モーメントの方向が第1と反対の場合と、第2と反対の場合の二つの状態が許され、その方向が一意に定まりません。この場合、低温でも磁気秩序が抑制されてしまう磁気フラストレーション現象が期待されます。

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