プレスリリース

2023.07.07

伝導率が世界最高のリチウムイオン伝導体が示す全固体電池設計の新しい方向性
次世代電池材料を用いた厚膜型全固体リチウム金属電池を実現

東京工業大学
高エネルギー加速器研究機構
東京大学
J-PARCセンター

要点

  ✣ 伝導率が世界最高の固体電解質の超リチウムイオン伝導体を開発。
  ✣ 開発した材料を用いて電極面積あたりの容量が現行の1.8倍の厚膜正極を作製し、優れた電池特性を実証。
  ✣ 開発した厚膜正極と次世代電池材料として注目されているリチウム金属負極を利用して、大容量・大電流特性を示す全固体電池を実現。

概要

  東京工業大学 科学技術創成研究院 全固体電池研究センターの堀智特任准教授、菅野了次特命教授、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の齊藤高志特別准教授、東京大学 生産技術研究所の溝口照康教授らの研究グループは、伝導率が世界最高の固体電解質の超リチウム(Li)イオン伝導体(用語1)を開発した。従来、全固体電池の固体電解質の伝導率が低いと正極の厚みを増して、容量を増やすことが困難であったが、新しい電解質を応用することにより1 mm膜厚の正極を開発し、全固体電池(用語2)の特性を飛躍的に向上させることに成功した。

  研究グループは、従来のLiイオン伝導体(27℃で12 mS cm−1)の化学組成を高エントロピー化(用語3)することで、32 mS cm−1まで伝導率を高めた新材料を開発した。この新材料を固体電解質に用いることで、室温25℃で理論値の約90%のエネルギーが取り出せる厚み1 mmの電極(正極)が実現した。電極面積あたりの容量は25 mAh cm−2を超え、これまでの全固体電池セルの最高値の1.8倍となった。また新材料の結晶構造を、大強度陽子加速器施設J-PARC(用語4)での中性子回折によって解析し、不規則な元素配列があることを明らかにした。解析結果を基に計算モデルを作成し、第一原理計算(用語5)を用いてLiイオン伝導機構(用語6)を解析したところ、元素配列に依存してLiイオン伝導の障壁が半分に低下して平滑になり、イオンが伝導しやすくなることが判明した。さらに新材料を用いた厚膜正極を、次世代電池材料であるLi金属負極と組み合わせ、Li金属負極が活性化する60℃において10 mA cm−2を超える電流値で20 mAh cm−2以上の容量が取り出せる全固体電池セルが実現した。

  イオン伝導性の高い固体電解質を用いることで、これまでにない電池形態が達成できることを示した今回の成果は、電気自動車やスマートグリッドの成功の鍵を握る次世代の蓄電デバイス(用語7)に新たな指針をもたらすものである。本研究成果は、2023年7月6日(現地時間)に米国科学誌「Science」に掲載された。

背景

  太陽光発電や風力発電は化石燃料に頼らない電力源として注目されているが、その間欠性を補い、普及を促進するのに必須なのが、発電した電気を蓄えるための電池である。現在あらゆる用途で普及している蓄電池がリチウム(Li)イオン電池であり、スマートフォンからドローン、電気自動車まで広く用いられている。

  Liイオン電池は用途の拡大とともに、容量(蓄えられるエネルギー総量)/出力(パワー)/価格/安全性のいずれの面でも要求性能が高まってきている。この高い要求に応えるべく、正極(プラス)側では電極の厚膜化による電池パックのエネルギー密度向上とコストダウンが、負極(マイナス)側ではLi金属負極の活用によるセルレベルでの体積エネルギー密度向上が模索されている。その一方で、現在のLiイオン電池で用いられる可燃性の有機電解液を難燃性の固体電解質で置き換えた全固体電池が、広い温度範囲で安全に使用でき、高容量と高出力を達成できる次世代の電池の一つとして盛んに研究されている。研究グループも小型セルの開発を通して、全固体電池では既存の電解液を用いたLiイオン電池では達成できない高速放電が可能であることや、高出力に特徴のあるキャパシタよりも優れた出力特性を有することを示してきた。

  本研究は、こうした複数の開発目標を同時に達成することを狙い、厚膜型の全固体Li金属電池セルを研究レベルで扱えるシンプルなプロセスで開発した。鍵となるのは、有機電解質を超えるイオン伝導率(10 mS cm−1程度)を持つ材料の開発である。そこで研究グループが過去に報告した物質(Li10GeP2S12)のイオン伝導特性を最大限に引き出すことで、新材料の開発を目指した。

研究成果

  本研究では、新規イオン伝導体を開発するにあたり、データサイエンスの手法を取り入れるとともに、近年のユニークな無機材料開発手法として注目されている化学組成の高エントロピー化に着目した。具体的には、既存のLiイオン伝導体Li10GeP2S12(27℃で12 mS cm−1)の結晶構造を維持したまま、組成を高エントロピー化することにより、新材料のLi9.54[Si0.6Ge0.4]1.74P1.44S11.1Br0.3O0.6を開発した。この新材料のイオン伝導率は室温25℃において32 mS cm−1であり、−50℃から55℃の温度範囲において元の材料の2.3~3.8倍のイオン伝導率を示した(図1A)。

  開発した新材料の結晶構造を明らかにするために、大強度陽子加速器施設J-PARCに設置された特殊環境中性子回折装置SPICA(BL09)において、中性子回折データを測定した。その解析により、新材料が元の材料のLiイオン伝導経路を保持したまま、複雑で不規則性の高い元素分布を有した、狙い通りの結晶であることが判明した(図1B)。

  さらに、この結晶構造解析で確認された一次元のLiイオン伝導経路を対象に、第一原理計算を行って、元素の分布がイオン伝導に与え得る影響を調べた(図2)。従来材料と新材料のそれぞれの元素分布を模したモデルに対して、Liイオンが移動する際のエネルギー障壁を評価したところ、新材料のモデルでは、障壁の高さが半分になることがわかり、新材料の高いイオン伝導性が理由づけられた。

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図1(A)従来の固体電解質Li10GeP2S12と新材料Li9.54[Si0.6Ge0.4]1.74P1.44S11.1Br0.3O0.6のイオン伝導性比較。新材料は低温0℃で、従来材料の室温25℃の特性に相当する伝導率を示した。さらに低温の−30℃以下の温度では、電解液とのイオン伝導性の差が顕著になる。(B)今回発見した新材料の基本組成の物質(Li9.54Si1.74P1.44S11.1Br0.3O0.6)の結晶構造。構造解析に用いた中性子回折データは、原子の振動が抑えられ精密な解析に有利な極低温(−269 ℃)で測定された。黄色の球体は陰イオンの位置を示しており、この場所に酸素、臭素、硫黄がおおよそ等しい割合で存在する、非常に不規則性の高い構造が明らかになった。一方、狙い通り(従来材料と同様に)、青い球体の配列で示される一次元のLiイオン伝導経路は保たれていた。

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図2 第一原理計算により明らかにした、一次元のLiイオン伝導経路における移動障壁と元素分布の関係。従来材料に近い元素分布(A)と新材料に近い元素分布(B)のそれぞれを対象に、一次元の伝導経路をLiイオンが移動する際に乗り越える必要のあるエネルギー障壁を評価したところ、元素分布の違いにより障壁の高さが0.200 eVから0.090 eVの半分以下になることが明らかになった(C)。

  既存の液体電解質を用いたLiイオン電池での電極の厚膜化には、電極鋳型の作製を経る複雑なプロセスが採用されている。一方本研究では、開発した新材料を用いることで、粉体の乾式混合というシンプルな製造プロセスによる電極の厚膜化を可能にした。作製した厚膜正極の充放電特性を測定したところ、厚みが1 mm(容量理論値:29 mAh cm−2)の電極において、理論値の90%の容量を取り出すことができた(図3)。さらに厚みが0.8 mmの電極では、室温25℃では理論値の100%の容量が放電可能であり、液体電解質ではイオン伝導性が低下する−30℃の低温でも70%の容量が取り出せた。

  さらに、開発した厚膜電極とLi金属負極を組み合わせて、厚膜型の全固体Li金属電池セルを作製した。このセルは60℃において、10 mA cm−2を超える大きな電流密度で大きな容量(> 20 mAh cm−2)が放電可能であり、電極面積あたりでみると、全固体Li金属電池では未達であった特性が得られた(図4A)。また、過去の文献で報告された全固体Li金属電池セルには得られる放電容量に限界があったが、今回の厚膜型の全固体Li金属電池セルでは、少なくとも放電過程に限り、この限界を超えられることが示された(図4B)。現在研究開発が進む、Li金属側の電極構造の最適化や界面改質の技術と組み合わせて、充電過程の改善を図ることが今後の課題である。

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図3 新材料を用いた厚膜正極の充放電特性(A: 1 mm; B: 0.8 mm)。正極活物質にはコート材料のLiNbO3で被覆したLiCoO2を用いた。負極にはIn-Li合金を、セパレータのLi-P-S-I系固体電解質と組み合わせて用いた。

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図4 (A)開発した厚膜正極(0.8 mm)とLi金属負極を組み合わせた全固体電池の放電容量。(B)過去に文献で報告された全固体のLi金属負極対称セルにおける特性との比較(参考)。対称セルで評価されたものであることに留意する必要はあるが、電極面積あたりで大きな電流(10 mA cm−2)を流す場合、小さな容量しか得られず(< 1 mAh cm−2)、大きな容量(> 5 mAh cm−2)を得るには電流密度を下げる必要があった(< 2 mA cm−2)。

社会的インパクト

  研究グループのこれまでの研究開発によって、全固体電池が出力とエネルギーの両面で優れたデバイスとして期待できることは示されていた。一方で、セル自体の大容量化とLi金属負極の適用は課題であった。

  本研究では、世界最高のイオン伝導率を持つ新材料を開発し、これを用いた大容量の全固体Li金属セルが、既存のLiイオン電池で用いられる湿式薄膜塗工とは異なる、乾式混合と厚膜化というアプローチで達成可能であることを示した。乾式プロセスは湿式プロセスに比べて、コストや安全性、環境負荷の小ささの面で利点がある。本研究で開発した厚膜型の全固体Li金属負極電池は、イオン伝導性を高めた固体電解質の開発により、現行のLiイオン電池にない特徴を持つ全固体電池が生まれるという期待を高め、蓄電池の材料研究へのさらなる関心を呼び込むものである。

今後の展開

  本研究では、世界最高のLiイオン伝導率を持つ新材料により、全固体電池において桁違いの電極厚みを達成し、全固体電池が既存のLiイオン電池の形態を大きく変える可能性を示した。一方で、全固体電池を産業化する上では、電池の大型化と材料の大量供給が必要である。材料の化学安定性をはじめ、実用化するにあたり顕在化する課題にも直面する。

  研究グループは今後も、精密な測定と緻密な合成により、新物質の開拓と材料性能の向上を続け、材料面からの課題解決を模索する。より優れたイオン伝導体の開発に努めるとともに、今回の全固体電池セルを土台に「高容量/高速充電/安全性/長寿命」を目指した電池開発を強力に進めてゆく。

付記

  本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)JPMJAL1301、JST 産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)JPMJOP1862およびJSPS科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型)JP19H05785の助成を受けたものであり、成果の一部は国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業(JPNP18003)および高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所中性子共同利用S1型実験課題(2019S10)の結果により得られたものである。

用語説明

(1)超リチウム(Li)イオン伝導体
  固体中をイオンがあたかも液体のように動き回る物質を超イオン伝導体と呼ぶ。イオン種としては、陽イオンでは銀や銅、陰イオンでは酸素やフッ素などが知られている。Liイオンの場合、1 mScm−1程度の伝導率を示す物質が超イオン伝導体ならびに固体電解質と呼ばれる。特に高エネルギー密度電池として期待されている超Liイオン伝導体については、イオン伝導率と安定性を兼ね備えた物質の開発を目指し、1960年代からポリマーや無機物質系などの分野で物質開拓が行われてきた。無機系での物質開拓は酸化物から始まり、2000年頃より硫化物系の探索と電池への応用研究が盛んになり、2020年頃からハロゲン化物が注目を集めている。

(2)全固体電池
  安全性をできるだけ高めるために、電池の構成部材である正極、電解質、負極をすべて固体の物質で構成した電池。現在のLiイオン電池に用いられている液体電解質は可燃性であるため、使用には安全対策が必須となる。そのため、高い性能を担保しつつ、蓄電池の小型化と低コスト化を実現するために、難燃性で低揮発性の物質への代替が期待されており、固体の電解質はその候補物質の一つになっている。

(3)高エントロピー化
  多種の元素を用いて一つの物質を構成することにより、ユニークな性質を持つ材料の創出を目指す開発戦略の一つ。合金分野で用いられてきたが、近年、酸化物や非酸化物のセラミックスでも採用され、触媒や電池の分野で高エントロピーの材料開発が報告されている。本研究では、Liイオン伝導に有利な構造を維持しつつ、組成を高エントロピー化することを指針とした(参考図)。

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参考図:組成の高エントロピー化を指針とする新材料の組成設計。(A) 原子配列のエントロピーを模した組成の複雑性の指標。計算の都合上、陰イオンと陽イオンはそれぞれの位置に等しい確率で存在するという前提をおき、Liイオンは考慮しない。(B) 組成の複雑さとイオン伝導性の相関。過去に報告されたLiイオン伝導体のデータ(酸化物系 250件)を機械学習の手法で分析すると、組成から計算されるパラメータの中で、組成の複雑さとイオン伝導性の良好な相関が導かれる。この相関に基づくと、組成の複雑さ、すなわち組成の高エントロピー化が高イオン伝導性を実現する鍵である。(C) 従来材料の結晶構造の維持に必要な組成の条件探索。組成から計算されるパラメータで、既知の硫化物系の固体電解質(Argyrodite型、および従来材料のLGPS型)が分離できるものを探し、イオン半径から算出した総体積比(C6)を結晶構造の維持の条件として採用した。(D) (B)と(C)で得られた二つの指標で、既知の硫化物系の固体電解質をプロットした。今回合成した組成(赤い三角)は、LGPSの結晶構造の維持が期待できる範囲で、できるだけ高い組成の複雑さを狙った。

(4)大強度陽子加速器施設J-PARC
  茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設。高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が共同で運営している。加速した陽子を原子核標的に衝突させることにより発生する中性子、ミュオン、中間子、ニュートリノなどの二次粒子を用いて、物質・生命科学、原子核・素粒子物理学などの基礎科学から産業利用までが研究されている。

(5)第一原理計算
  物質の性質や、原子構造、化学結合を調べることができる計算法。計算はパラメータを用いずに、元素種と原子位置のみを指定して実施される。計算により安定な構造が分かるだけでなく、イオンが伝導した際のエネルギー障壁も計算することができる。本研究では、高エントロピー化前後のエネルギー障壁を計算するために使用した。

(6)Liイオン伝導機構
  無機系のLiイオン伝導体の場合、Liイオンのみが移動し、他の構成元素は動かない場合が多い。このとき不動の構成元素を骨格とみなすと、Liイオンが動ける空間は限られるため、伝導経路を考えることができる。したがって結晶構造解析によって、骨格元素と、Liイオンが存在し得る位置がわかれば、Liイオンの通る道を推定できる。実際にLiイオンが通る可能性が高いかどうかは、計算科学の手法でシミュレーションできる。

(7)次世代の蓄電デバイス
  ガソリン車並みの航続距離を持つ電気自動車の実現に向けて、革新電池の開発が国内ではNEDOやJSTを中心に進められている。現行のLiイオン電池に代わり得る新規な電池系として、5 V系Liイオン電池、水系Liイオン電池、Li金属二次電池、金属空気電池、ナトリウムイオン電池、マグネシウムイオン電池、アルミニウムイオン電池、Li硫黄電池、フッ化物イオン電池などが知られている。全固体電池もその一つで、韓国、中国、米国、および欧州で実用化を目指した大型研究プロジェクトが進行している。

論文情報

掲載誌 Science
論文タイトル A lithium superionic conductor for millimeter-thick battery electrode
著者 Yuxiang Li, Subin Song, Hanseul Kim, Kuniharu Nomoto, Hanvin Kim, Xueying Sun, Satoshi Hori, Kota Suzuki, Naoki Matsui, Masaaki Hirayama, Teruyasu Mizoguchi, Takashi Saito, Takashi Kamiyama, Ryoji Kanno
DOI 10.1126/science.add7138

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