素粒子ミュオンを用いた非破壊三次元元素分析に成功
- 量子ビーム技術と宇宙観測検出器の出会いによる新技術開発 -
大阪大学
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構
高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
研究成果のポイント
✣ 素粒子ミュオン※1を用いて三次元的に元素を可視化する技術を確立
✣ 大強度のミュオン加速器という最新技術に、宇宙観測用の検出器という異分野の最新技術を組み合わせる、新たな分野融合研究により研究目的を達成
✣ 文化財など貴重な試料に対する応用研究が展開していくことに期待
概要
大阪大学放射線科学基盤機構附属ラジオアイソトープ総合センター特任研究員のキュウ・イーファン博士、二宮和彦准教授、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構の武田伸一郎特任助教、高エネルギー加速器研究機構三宅康博特別教授らの研究グループは、J-PARCミュオン科学実験施設 (MUSE※2) から得られる世界最高強度のパルスミュオンを利用して、物体の三次元的な元素分布を、非破壊で可視化することに世界で初めて成功しました。
物体の内部を可視化する方法として、例えばCT※3と呼ばれる手法がありますが、これは物質内部の密度の情報は得られる一方で、実際にどの元素が入っているかの情報を明快に得ることが難しいです。
今回、キュウ特任研究員らの研究グループは、素粒子ミュオンを使った非破壊元素分析法と、宇宙観測用に開発されたイメージング検出器を組み合わせることで、炭素に特定した元素分布の二次元の投影図を得ることができました。そしてこの投影図に医療診断でも利用される画像再構成の技術を応用することで、三次元的な元素分布を明らかにすることに成功しました。炭素のような軽元素を含めて、このように三次元的な元素分布を得る方法は他になく、この技術を利用することで文化財など、破壊することのできない貴重な試料についての分析も可能となり、基礎研究にとどまらない広い応用利用が期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に、3月29日 (火) (日本時間) に公開されました。
図1 本研究により非破壊で可視化した三次元の炭素分布図
研究の背景
ミュオンは、素粒子の一つであり量子ビームの一つとして様々な利用研究が行われています。近年、加速器により大強度のミュオンビームが得られるようになり、様々な研究への利用が進んでいます。その中で、ミュオンを用いた非破壊元素分析法の開発が精力的に行われており、文化財など貴重なサンプルの分析に利用されるなど、文系理系の垣根を超えた研究が進められています。この分析は、ミュオンをサンプルに打ち込むことで出てくる、ミュオン特性X線※4の測定を行うことにより行います。ミュオン特性X線は元素に固有のエネルギーを持っており、エネルギーを調べることで元素を特定することができます。この方法は元素分析法として広く用いられている蛍光X線分析※5と似ていますが、ミュオン特性X線は非常に高いエネルギーを持つという特徴があります。このため、蛍光X線分析では分析の難しい炭素のような軽い元素についても、物質の奥深くの情報を非破壊で得ることができるという利点があります。
これまでに、加速器から取り出すミュオンの持つエネルギーを制御することで、分析する深さを変化させながら元素分布を調べる研究、すなわち一次元的な深さ分析が行われ、成果が報告されていました。これに二次元的な情報をもたらすイメージング検出器を組み合わせれば、三次元的な元素分布の情報が得られるはずです。しかしこのような分析はこれまで達成されていませんでした。これはミュオン特性X線のエネルギーが高いことによります。ミュオンの特性X線のエネルギーが高いことは物質中のX線の透過力が高いことを意味しており、物質内部の分析に向きますが、逆にこのような高いエネルギーのX線の測定に利用可能なイメージング検出器が存在していなかったためです。
この問題に、キュウ特任研究員のグループは、特殊な用途でのみ利用されてきたイメージング検出器を応用することで挑みました。
研究の内容
近年、天文学における宇宙観測衛星に搭載するために大立体角かつ高い空間分解能を持つ、テルル化カドミウム (CdTe) 半導体イメージング検出器※6が開発されました。キュウ特任研究員らの研究グループは、このテルル化カドミウム半導体イメージング検出器に注目しました。この検出器を、ミュオン利用実験のために最適化し、地上の実験施設であるJ-PARC MUSE D2エリアに持ち込み、ミュオン特性X線のイメージを取ることにしました。
図2 実験のセットアップの写真とその概要図。ポリプロピレンでできた4つの球にミュオンを当て、得られたミュオン特性X線をテルル化カドミウムの検出器でピンホール越しに観察して、X線の二次元像を取得した。
テルル化カドミウム検出器には、直径3mmのピンホールコリメーターを設置することで、ピンホールカメラの原理でミュオン特性X線のイメージングを行うことにしました。分析対象として、直径12.7 mm、6.25 mmの2つの大きさのポリプロピレンでできたボールを2つずつ計4個準備しました。実験の様子を図2に示しています。ミュオン実験ではサンプルを22.5度ずつ回転させることで、一周で合計16個の二次元のミュオン特性X線のイメージを取得しました。この実験での空間分解能は7.4 mmと見積もられました。ただしピンホールの直径や検出器の位置を変更することでより小さい分解能の実験も可能です。
図3 テルル化カドミウムイメージング検出器で得られたミュオン特性X線のスペクトル。サンプルである炭素に加えて、サンプルを支える台に由来するアルミニウムのX線も観測された。
ミュオン実験で得られたミュオン特性X線のスペクトルを図3に示しています。このとき得られた炭素のミュオン特性X線のエネルギー領域にのみ注目し、炭素のミュオン特性X線の16個のイメージを図4のように得ました。それぞれのイメージをとったときの角度の情報を組み合わせ、SPECT (単一光子放射断層撮影) ※7などの医療診断で用いられる三次元画像再構成※8の方法を用いることで、三次元的な元素分布を再現することができました。これにより2つの異なる大きさのボールを明確に区別することができ、その内部が蛍光X線分析では分析の難しい炭素でできているということを明らかにすることに成功しました。
図4 テルル化カドミウムイメージング検出器により、炭素のミュオン特性X線に注目して異なる試料の観測角度で得られた二次元像 (実験は22.5度ごとの16個のデータを取得しているが図では45度おきの8個のデータのみ表示)
本研究成果が社会に与える影響 (本研究成果の意義)
本研究により、物質の三次元構造を構成元素の情報を含めて得ることに初めて成功しました。これは元素分析の究極の進化系の一つであると言えます。ある物体において、内部にはどのような元素が、どのように入っているのかを明らかにすることは、様々な応用利用が期待されます。例えば、金属などの容器に入った内容物を触ることなく、特定することが可能となり、貴重な文化財の分析への応用が可能になるなど、単に理系という分野の中ではとどまらない、分野をまたいだ研究が展開していくと期待されます。
特記事項
本研究成果は、2022年3月29日 (火) (日本時間) に英国科学誌「Scientific Reports」 (オンライン) に掲載されました。
タイトル | "Non-destructive 3D imaging method using muonic X-rays and a CdTe double-sided strip detector" |
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著者名 | I‐Huan Chiu (1), Shin' ichiro Takeda (2), Meito Kajino (3), Atsushi Shinohara (1,7), Miho Katsuragawa (2), Shunsaku Nagasawa (2,4), Ryota Tomaru (2,4), Goro Yabu (2,4), Tadayuki Takahashi (2,4), Shin Watanabe (5), Soshi Takeshita (6), Yasuhiro Miyake (6) & Kazuhiko Ninomiya (1) |
著者所属 | 1. Radioisotope Research Center, Institute for Radiation Sciences, Osaka University, 1-1,
Machikaneyama, Toyonaka, Osaka 560-0043, Japan. 2. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI) , The University of Tokyo, 5-1-5 Kashiwanoha, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan. 3. Graduate School of Science, Osaka University, 1-1, Machikaneyama, Toyonaka, Osaka 560-0043, Japan. 4. Department of Physics, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo Bunkyo, Tokyo 113-0033, Japan. 5. Institute of Space and Astronautical Science, Japan Aerospace Exploration Agency (ISAS/JAXA), 3-1-1 Yoshinodai, Chuo-ku, Sagamihara, Kanagawa 252-5210, Japan. 6. High Energy Accelerator Research Organization (KEK) , Tsukuba, Ibaraki 305-0801, Japan. 7. Faculty of Health Science, Osaka Aoyama University, 2-11-1 Niina, Minoh, Osaka 562-8580, Japan. |
DOI | https://doi.org/10.1038/s41598-022-09137-5 |
論文URL | https://www.nature.com/articles/s41598-022-09137-5 |
なお、本研究は、新学術領域研究 (研究領域提案型) 「宇宙観測検出器と量子ビームの出会い。新たな応用への架け橋。」〈 https://member.ipmu.jp/SpaceTech_to_QuantumBeam/ 〉 の一環として行われ、課題番号2019MS01として、J-PARC MLF MUSEにおいて実験が行われました。
用語説明
※1 ミュオン
ミューオン、ミュー (μ) 粒子ともいう。電子の約200倍の質量をもつ素粒子であり、電子と同じ大きさの電荷をもつ。加速器で大量に作ることのできる量子ビームの一つとして様々な研究で利用されている素粒子であり、基礎研究のほか本研究で扱う非破壊元素分析での利用などでも近年注目されている。
※2 J-PARCミュオン科学実験施設MUSE
茨城県那珂郡東海村に設置された大強度陽子加速器施設 (J-PARC) 物質・生命科学実験施設 (MLF) 内のミュオン施設。MUSEでは世界最高強度のパルス状のミュオンビームが利用可能である。
※3 CT
Computed Tomographyの略で、調べたい対象に様々な方向からX線を当てて、方向によるX線の吸収具合の違いを調べ、これをデータ処理することで立体的な画像を再構築する方法。物質中の密度 (原子番号) により画像上では濃淡が得られ、物質内部の情報が得られる。
※4 ミュオン特性X線
負の電荷を持つミュオンは、電子と同じように原子核の周りに原子軌道を作りX線を放射する。このX線は通常の原子から放射される電子によるX線と区別するためにミュオン特性X線と呼ばれる。ミュオン特性X線は元素に固有のエネルギーを持つために、エネルギーの測定から元素の特定ができるだけでなく、非常に高いエネルギーを持つために高い透過能を持つ。
※5 蛍光X線分析
元素に一定以上のエネルギーの光を照射することでそれぞれの元素に固有のエネルギーを持つX線が発生する。この強度を測定することで、対象物質の構成元素とその割合を求める測定手法。卓上の装置で非破壊分析が可能なことから、広い分野で利用されているが、基本的にサンプルの表面しか分析できない、炭素などの軽い元素は分析が難しいといった制限もある。
※6 テルル化カドミウム (CdTe)
カドミウム (Cd) とテルル (Te) からなる化合物半導体を用いた検出器。硬X線と呼ばれる高いエネルギーのX線や、γ線を吸収し、高い感度で検出できるという性質を持つ。本研究で用いたテルル化カドミウム (CdTe) 半導体イメージング検出器は、宇宙観測用のX線天文衛星ひとみ (ASTRO-H) に搭載されていたものと質的に同一のもので、高いエネルギーのX線に対して大立体角かつ高い空間分解能を持つ。
※7 SPECT (単一光子放射断層撮影)
Single Photon Emission Computed Tomographyの略で、放射性物質を生体内に投与し、放射性物質から出るX線やγ線が放出された位置を検出器で可視化し、放射性物質の体内分布を調べる手法。例えばSPECTで血流を可視化することで、脳梗塞の診断などが可能になる。
※8 三次元画像再構成
イメージング検出器により複数の異なる条件 (角度) で得られた像を組み合わせて三次元像を再現する手法。本研究ではMLEM (Maximum Likelihood Expectation Maximization) と呼ばれるSPECTで実際利用されている方法を分析に適用した。
二宮准教授のコメント
本研究は、宇宙観測用に衛星に搭載するために開発された検出器、素粒子物理や物性研究などの分野の要請により発展してきた大強度ミュオンビームが得られる加速器、このふたつが組み合わさって、元素分析という科学全般で重要視される技術の進歩が得られたこと、そしてさらにこの技術がまた別の、文系分野である考古学に利用される可能性があるということに大きな意味があります。まさに異分野の出会いがこの新しい研究展開をもたらしたということで、学際的な研究の一つの成功例であると言えます。
SDGs目標
研究者総覧URL
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/3701ebce92e1397c.html
本件に関する問い合わせ先
※上記の[at]は@に置き換えてください。