チタン酸バリウムナノキューブの合成と 粒子表面の原子配列の可視化に成功
高性能小型電子デバイスの開発に期待
茨城大学
大阪大学
東北大学
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
総合科学研究機構
J-PARCセンター
発表のポイント
∗ 茨城大学大学院理工学研究科の中島光一准教授、小名木海飛さん (量子線科学専攻・博士前期課程2年次) 、小林芳男教授、茨城大学フロンティア応用原子科学研究センターの石垣徹教授、大阪大学産業科学研究所の関野徹教授、垣花眞人特任教授 (常勤) 、東北大学多元物質科学研究所の殷シュウ教授、日本原子力研究開発機構の米田安宏研究主幹、総合科学研究機構中性子科学センターの石川喜久研究員は、反応温度が80℃以下という低温領域でチタン酸バリウム (BaTiO3) の合成を可能としました。さらに、反応温度が200℃の下で、核生成と結晶成長を制御することによりBaTiO3がナノキューブ化することを実証しました。さらにBaTiO3ナノキューブの粒子表面がチタンカラムで表面再構成されていることを見出しました。
∗ BaTiO3ナノキューブは緻密なセラミックス開発の基盤粒子になる潜在能力を秘めています。さらに、BaTiO3ナノキューブの粒子表面の原子配列を明らかにし、物性発現に重要な粒子表面の状態を可視化しました。これは、粒子表面を利用した材料設計につながるものです。
∗ この成果は、2021年3月30日 (現地時間) 付で米国化学会の雑誌ACS Omegaのオンライン版に掲載されます。
【 背景 】
強誘電体として知られるチタン酸バリウム (BaTiO3) ※1は、携帯電話やパソコンなどの電子機器に使用されており、我々の生活に欠くことができない物質です。このBaTiO3を用いた誘電体材料の性能を向上させることは、高性能小型電子デバイスの開発につながります。そのためには、基盤となるBaTiO3の粒子設計、とりわけ粒子表面を利用した材料設計が重要であることから、本研究では結晶面 (ファセット) が露出したBaTiO3のナノキューブ化※2に取り組みました。粒子の形状をナノレベルの大きさでキューブにすることは、とても難しい技術です。また、BaTiO3ナノキューブの粒子表面の原子配列の把握が重要です。粒子表面の原子配列を明らかにすることは、革新的な材料の創生につながり、粒子表面の科学という新しい研究分野を切り拓くものです。
【 研究手法・成果 】
80℃でBaTiO3の合成が可能
一般にチタン酸バリウム (BaTiO3) は1000℃以上での焼成を必要としていますが、本研究では原料である酸化チタン (TiO2) の粒径に着目し、25nm以下のTiO2Mナノ粒子を用いて溶液反応を行うことによって、40℃以上でBaTiO3が生成することを確認し、80℃でBaTiO3単一相が合成できることを見出しました。
BaTiO3ナノキューブの合成を達成
一般にナノ粒子は界面活性剤を使用して合成を行いますが、本研究ではBaTiO3の粒子表面を利用した材料設計を目指すため、界面活性剤を使用せずにBaTiO3のナノキューブ化に挑戦し、水を溶媒とする水熱法でBaTiO3のナノキューブ化を可能にしました (図1) 。また、核生成剤として溶解度が高いチタンアルコキシドを、結晶成長剤としてTiO2ナノ粒子を使用し、これらを組み合わせてチタン原料として、アルコールを溶媒としたソルボサーマル法を用いることにより、平均粒径37nmという微細なBaTiO3ナノキューブの合成に成功しました。
図1 [001]方向から電子線を入射させて行ったBaTiO3ナノキューブの原子カラム観察 (粒子内部は規則正しく原子が配列しており、粒子の最表面は表面再構成が生じている)
自発分極の起源を観測
本研究で得られたBaTiO3ナノキューブに対して、大型放射光施設 (SPring-8) ※3でX線回折 (XRD) 測定を、大強度陽子加速器施設 (J-PARC) ※4で中性子回折測定を行い、詳細な結晶構造解析を行いました。一般にBaTiO3はサイズ効果があり、粒子サイズが小さくなると立方晶系となることが知られていますが、本研究で得られた粒径37nmのBaTiO3ナノキューブは正方晶系を示しました。また、XRD測定をもとに二体分関数 (PDF) 解析を行った結果、BaTiO3の自発分極※5の起源となるサイトを見出しました (図2) 。
図2 BaTiO3ナノキューブのPDF解析 (1.9Åと2.1Åの2つのTi-Oの分離が自発分極の起源を示す)
【 BaTiO3ナノキューブの粒子表面の原子配列を可視化 】
現在の電子顕微鏡では1個の原子を観察することはできませんが、近年の電子顕微鏡の発展と高度な技術の駆使により、結晶中の原子カラム※6の観察が可能です。BaTiO3はペロブスカイト構造を有していますが、BaTiO3が単位格子に起因する規則正しい原子配列をしているのに対し、BaTiO3ナノキューブ粒子の最表面はチタンカラムのレイヤーで構成されていることを本研究で明らかにしました (図3) 。このチタンカラムのレイヤーは二層でできており、BaTiO3の粒子表面での物性発現を生じさせる際、大きな役割を担います。例えば、BaTiO3のナノキューブを集積化させて粒子の界面を歪ませることができれば、大きな誘電特性の発現を期待することができます。
図3 BaTiO3ナノキューブの粒子表面のEELS解析
(a) TEM像、 (b) 電子回折、 (c) HAADF-STEM像、 (d) ABF-STEM像、 (e) HAADF-STEM像およびEELS元素マッピング
【 今後の展望 】
これまでは主に理論計算に基づく粒子表面の原子配列の研究が行われていましたが、本研究ではおよそ100pmという極微小な原子の配列を可視化することに成功しました。その結果、粒子内部はチタンとバリウムで規則正しく並んでいますが、粒子表面はチタンカラムによって表面再構成が生じていました (図4) 。
つぎのステップは、この粒子表面に人工的に格子欠陥を導入し、原子配列をコントロールすることです。これに成功すれば、粒子表面に導入した歪みによって、飛躍的な誘電特性の発現が期待でき、高性能小型電子デバイスの開発に結びつきます。
また、本研究はBaTiO3のナノキューブ化を成し遂げましたが、この合成技術はBaTiO3以外のペロブスカイト型酸化物のナノキューブ合成に応用可能で、波及効果が極めて高い合成技術です。例えば、水分解光触媒としての性能を有するチタン酸ストロンチウム (SrTiO3) をナノキューブ化し、結晶面 (ファセット) が露出したナノクリスタルを生み出すことができれば、効率よく水を分解して水素と酸素の生成が期待できます。
本研究の合成手法は、環境調和型かつ省エネルギー型の溶液反応プロセスでBaTiO3を創り出しています。そして、ナノサイズという領域で粒子の形状をコントロールしています。それに加えて、ピコサイズという領域で原子配列を可視化しました。これらの本研究の成果は、今後、粒子設計を基盤とした材料設計の分野で大きな一歩となると考えています。
図4 BaTiO3ナノキューブの表面再構成 (赤色:チタン原子、緑色:バリウム原子)
【 論文情報 】
タイトル | Stabilization of Size-controlled BaTiO3 Nanocubes via Precise Solvothermal Crystal Growth and Their Anomalous Surface Compositional Reconstruction |
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著者 | Kouichi Nakashima, Kaito Onagi, Yoshio Kobayashi, Toru Ishigaki, Yoshihisa Ishikawa, Yasuhiro Yoneda, Shu Yin, Masato Kakihana, Tohru Sekino |
雑誌 | ACS Omega |
公開日 | 2021年3月30日 (現地時間) |
DOI | doi.org/10.1021/acsomega.0c05878 |
【 用語説明 】
※1チタン酸バリウム (BaTiO3)
BaTiO3は強誘電体として知られており、ABO3のペロブスカイト型構造を有します。正方晶系のBaTiO3に電圧を加えると電気分極が起こり、電気を蓄えることができる誘電体です。このBaTiO3は積層セラミックコンデンサとして、さまざまな電子機器に使用されています。
※2 BaTiO3のナノキューブ化
ナノキューブはナノレベルの大きさを有する立方体の単結晶粒子。BaTiO3をナノキューブ化することによって、緻密なセラミックスの作製 (BaTiO3ナノキューブの集積化) に道が切り開かれ、BaTiO3ナノキューブの粒子表面 (界面) を利用した材料設計が可能になります。
※3 大型放射光施設 (SPring-8)
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センター (JASRI) が利用者支援等を行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV (ギガ電子ボルト) に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する指向性が高く強力な電磁波です。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われています。
※4 大強度陽子加速器施設 (J-PARC)
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構と大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構が共同で茨城県東海村に建設した世界最大規模のビーム強度を持つ陽子加速器群と実験施設群の総称です。J-PARCの名前はJapan Proton Accelerator Research Complexに由来します。加速した陽子を原子核標的に衝突させたときに生じる中性子、ミュオン、K中間子、ニュートリノなどの二次粒子を用いて、物質・生命科学、原子核・素粒子物理学などの最先端学術研究および産業利用を行っています。J-PARC内の物質・生命科学実験施設 (MLF) では世界最高性能のパルス中性子およびミュオンビームを利用した実験を行うことができます。
※5 自発分極
電場をかけなくても分極することを自発分極といいます。外部の電界によって自発分極を反転できる物質を強誘電体といいます。
※6 原子カラム
結晶の中では原子が規則正しく並んでいます。特定の軸に対して並んでいる原子配列のことを原子カラムといいます。
【 研究助成および設備利用 】
本研究は、下記の研究助成や設備利用などによって実施されました。
- 文部科学省 科学研究費補助金 基盤研究 (C) (課題番号 JP16K05931、JP19K05644)
- 公益財団法人 旭硝子財団 研究奨励
- 文部科学省 物質・デバイス領域共同研究拠点
人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス
展開共同研究 (課題番号 20203028) - 文部科学省 ナノテクノロジープラットフォーム事業
九州大学 超顕微解析研究センター 微細構造解析プラットフォーム
ナノマテリアル開発のための超顕微解析共用拠点 (課題番号 JPMXP09A19KU0297、JPMXP09A20KU0341) - 文部科学省 ナノテクノロジープラットフォーム事業
JAEA & QST微細構造解析プラットフォーム (課題番号 JPMXP09A20AE0023) - 茨城県中性子ビームラインBL利用促進課題 革新研究課題 (課題番号 2019PM2012、2020PM2008)
- 茨城大学 機器分析センター
- 山梨大学 機器分析センター
- 東北大学 工学部・工学研究科 技術部
- 大型放射光施設 SPring-8 ビームライン BL22XU
- 大強度陽子加速器施設 J-PARC ビームライン BL20 茨城県材料構造解析装置 (iMATERIA)
【 本件に関するお問い合わせ先 】
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