原子空孔の配列を制御する新手法の発見
京都大学アイセムス(物質-細胞統合システム拠点)
東京工業大学
東京大学大学院理学系研究科
筑波大学
大阪大学
高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
科学技術振興機構
✣ 酸化物合成において応力を与えることで原子空孔面の方向や周期の制御に成功
✣ エネルギーランドスケープに立脚した酸化物の合理的設計への道を拓く
✣ 今後、電気・光変換機能や高い転移温度をもつ超伝導など、革新的機能材料の開発が期待される
京都大学アイセムス 陰山洋 連携主任研究者(兼 工学研究科教授)、同工学研究科 高津浩特定講師、同理学研究科 北川俊作助教、同 石田憲二教授、東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所 山本隆文准教授(元京都大学助教)、同理学院 八島正知教授、東京大学大学院理学系研究科 長谷川哲也教授、筑波大学数理物質系 関場大一郎講師、大阪大学大学院理学研究科 越智正之助教、同 黒木和彦教授、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 大友季哉教授らの研究グループは、物質・材料研究機構、分子科学研究所、米国ミシガン大学、同国立標準技術研究所との共同研究によって、無機結晶の原子空孔注1)の配列パターンを応力によって制御することに成功しました。原子空孔は、超伝導やイオン伝導など様々な機能に本質的な影響を与えることは知られていましたが、今までは配列パターンを自在制御した例はありませんでした。
本研究では、バナジウム酸化物の薄膜試料に対し、基板から応力を与えながら低温トポケミカル反応を起こすことで、酸素の空孔面が形成する方向やその周期を変化させられることを世界に先駆けて発見しました。酸素空孔の配列パターンは、超伝導や磁性、イオン伝導などの諸物性に大きな影響を与えることが知られています。このため、酸素空孔の配列パターンを自在に制御するための指針を提示した本研究は、設計は不可能と考えられていた無機物質合成の状況を一変させるだけでなく、オンデマンド型の機能開発を可能にするものです。今後、本手法を利用することで新しいタイプの電気・光変換機能や高い転移温度をもった超伝導など、革新的機能材料の開発が期待されます。
本研究成果は、科学研究費助成事業新学術領域研究「複合アニオン化合物の創製と新機能」、戦略的創造研究推進事業CREST「アニオン超空間を活かした無機化合物の創製と機能開拓」の一環として行われ、英国のオンライン科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ(Nature Communications)」誌でロンドン時間11月23日に公開されました。
【1. 背景】
酸化物(セラミックス)は、鉄酸化物による永久磁石、コバルト酸化物によるリチウム電池、銅酸化物による高温超伝導など、身の回りのいたるところで、機能材料として使われています。このような酸化物の結晶は「-金属-酸素-金属-酸素-」の繰り返しからなっており、粉末試料でも10の20乗という莫大な数の原子から構成されます。この原子の並び方、すなわち結晶構造が、物質の様々な機能を決定づけていることから、新しい構造の発見は新しい機能性の獲得につながります。しかしこれまで、無機化学では酸化物の特定の結晶構造を狙ってつくることは実現できていませんでした。これは、一般に酸化物は1000℃を超える高温で合成され(トップダウン型)、制御が難しいためです。
本研究で注目したのは、「低温トポケミカル反応」と「応力」です。低温トポケミカル反応は、室温〜500℃程度で起こる反応で、通常の1000℃以上での合成と比べて温和な条件での反応であるという環境調和性とともに、高温の反応では決して得られない物質(準安定物質)を得ることができるため、近年注目を集めています。陰山教授らのグループではこれまでもこの原理を用いた革新的な反応を報告してきました( 2007年、 2012年、 2015年、 2016年 京都大学よりプレスリリース)。一方、応力とは物質に外部から与える外力のことで、磁性や電子伝導など主に物質の機能を変化させるため幅広く用いられていました。本研究では、この2つの要素を組合せ、応力を与えながら低温トポケミカル反応を起こしたところ、原子空孔(欠損)の配列パターン(方向と周期)が制御された構造を得ることに世界で初めて成功しました。
【2. 研究内容と成果】
本研究で用いたのは、3次元構造(ペロブスカイト構造)を持つストロンチウムとバナジウムの酸化物(SrVO3)です(図1a)。私たちは、まずSrVO3の薄膜結晶を格子定数注2)の異なる様々な基板の上に成長させました。SrVO3は基板結晶のサイズ(格子定数)に合わせて成長しますが、これはSrVO3薄膜が基板からの応力を受けていることを意味します。このようにして得られた様々な応力を受けたSrVO3薄膜と(応力ゼロに相当する)粉末試料に対し、トポケミカル反応(具体的には酸素の一部を窒素に置換する反応)を試みました。
図1 トポケミカル反応時の応力により、原子空孔の配置が異なる結晶を作成図中の黒線の間にある原子の数により周期が決まる。
その結果、SrVO3粉末試料については、窒素の一部置換とともに、(111)と呼ばれる面に位置する酸素が周期的に抜けた構造が得られました(図1b)。しかし、予想しなかったことに、圧縮応力を与える格子定数が小さな基板(例えば、LaAlO3)を用いた場合には、酸素空孔が現れる方向が(112)面へと変化しました(図1d)。さらに、引っ張り応力を与える格子定数が大きな基板(例えば、SrTiO3)を用いた場合、酸素空孔面の方向は(111)面のままでしたが、その周期が5倍から6倍へと変化することを見出しました(図1c)。これらの結果は、応力によって結晶構造が制御されたことを意味しています。得られた物質の電子状態を調べたところ、酸素欠損面が絶縁層となり、その間に存在する電子を2次元空間に閉じ込めていることがわかりました。つまり、酸素欠損面の方向、周期の制御により、様々な2次元金属状態を創り出せることがわかりました。
応力が与える歪みエネルギーのスケールは数千℃におよぶほど大きいことが知られています。この事実は、通常は不安定で決して生成しない構造でも、応力によって安定化させ得ることを意味しています。本研究では、物質のエネルギーランドスケープ(取りうるすべての構造のエネルギーを描いたもの)を応力によって大胆にコントロールし、欲する構造を取り出したことになります。本手法は、他の酸化物にも簡単に適用可能であることから、今後、エネルギーランドスケープに立脚した酸化物の反応制御法として幅広く利用されることが期待されます。
【3. 今後の展開】
機械学習や情報技術の発展に伴い、物質科学でも様々な構造のエネルギーを計算することが可能になっています。しかしながら、元素の種類・比、温度、圧力、ガス雰囲気などをパラメータとする従来型の無機合成を続ける限り、狭いエネルギー範囲において安定な物質しか取り出せません。しかし、応力が与える巨大な歪みエネルギーを利用することで、不安定な物質の安定化や安定な物質の不安定化を大胆にかつ合理的に行うことができる、つまり、エネルギーランドスケープを大きく制御することができるため、結果的に取り出せる物質が大幅に拡張されることになります。本研究成果と機械学習や情報技術との併用によって、設計不可能と考えられていた無機物質合成の状況が一変するだけでなく、オンデマンド型の機能開発が可能になり、磁性・イオン伝導・超伝導・触媒など様々な機能を目指した物質開発が期待されます。
注1) 原子空孔
原子が整然と並ぶ結晶構造において、本来あるべき原子が存在しないためにできる空間のこと。
注2) 格子定数
原子間の長さや角度により決まる結晶格子の大きさと形を決める値のこと。
【4. 研究プロジェクトについて】
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業 新学術領域研究「複合アニオン化合物の創製と新機能」(https://www.mixed-anion.jp/)、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CREST「アニオン超空間を活かした無機化合物の創製と機能開拓」の一環として行われました。
【5. 論文タイトル・著者】
Strain-induced creation and switching of anion vacancy layers in perovskite oxynitrides
(参考訳:応力を用いたペロブスカイト酸窒化物のアニオン欠損層の生成と制御)
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