プレスリリース

2020.08.11

J-PARCハドロン実験施設で新たなビームラインの運転を開始しました

J-PARCセンター
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構

  ⾼エネルギー加速器研究機構(KEK)と日本原子力研究開発機構(JAEA)が共同で運用する、茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCのハドロン実験施設 1)では、かねてより新たな陽子ビームラインの準備を進めてきましたが、6⽉24⽇に第三者機関による施設検査に合格し、ビームラインの運転およびそこでの共同利用実験を開始しました。新たなビームラインの運転により、日本で一番高いエネルギーとなる陽子ビームを、実験に使えることになりました。

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図1:大強度陽子加速器施設J-PARCとハドロン実験施設

  J-PARCハドロン実験施設では、J-PARCの主リング(MR)加速器で加速された30GeVの陽子ビームを用いて、原子核物理や素粒子物理の実験研究が行われています。これまでは、高強度のπ(パイ)中間子 2)やK(ケイ)中間子といった、陽子ビームを金属標的に照射して発生する二次粒子と呼ばれる粒子を使って、ストレンジクォーク 3)を含むハドロンや原子核の実験が強力に推し進められてきました。今回新たに運転を開始したビームラインでは、30GeVという高運動量の陽子ビームを直接実験に用いることができるようになります。また、このビームラインをさらに高度化し、高運動量の2次ビームの利用ができるようになると、高い質量を持つハドロンの生成や、チャームクォークを含む希有なハドロンについても研究を展開することができるようになります。高運動量の陽子を直接用いることにより、ハドロン実験施設で行われる実験の幅が、さらに一段と広がりを見せることになります。

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図2:主リング(MR)加速器からハドロン実験施設まで。図中の赤いラインが今回新設されるビームラインです。

  MR加速器から取り出されてハドロン実験施設に入射する陽子ビームは既存の一次陽子ビームラインを用いて輸送されますが、毎秒10兆個(10の13乗)程度の陽子数という、30GeVのエネルギーでは世界最高強度を誇るビームです。既存の一次陽子ビームラインの途中に特殊な形状をした電磁石を設置することにより、このビームラインを走る陽子ビームのごく一部(1/1000から1/10000)を切り取って、新設のビームラインに分岐させます。これにより、分岐元の二次粒子生成に使われる陽子ビームラインにはほとんど影響を与えずに、新設ビームラインでは毎秒10億個(10の9乗)から100億個(10の10乗程度)の30GeV陽子ビームを直接実験に使用することができます。この陽子ビームは、切り取り後のビームとしては日本で一番高いエネルギーとなります。

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図3:既存の一次陽子ビームラインから、一部の陽子ビームを新設ビームラインへ分岐させる電磁石

  ハドロン実験施設では、これまで、この新たなビームラインに使用する電磁石やビームモニタ、真空システムなど種々の機器の準備や設置、試験を進めてきました。今回、5月24日から調整運転を開始し、第三者機関による施設検査に6月24日付で合格したものです。

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図4:新設のビームライン

  新たに運転を開始したビームラインでは、質量は周りの環境で変化するのか、という謎に答えを出そうという実験 4)が始まりました。新設ビームラインに運ばれてくる陽子ビームを標的に照射すると、標的の原子核内に「φ(ファイ)」という中間子が生成されます。φ中間子は電子と陽電子の対に壊れますが、この電子と陽電子の運動量を精密に測定することにより、もとのφ中間子の質量を得ることができます。2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎教授が提唱した理論に基づく計算によると、原子核の内部のように密度がとても大きい環境では質量が変化するとされていますが、原子核内に存在するφ中間子でも実際に質量が変化するか、変化するならばどのように変化するかを実験的に明らかにすることを目的としています。この実験は、今後検出器の調整などを進め、データを取得する予定です。

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図5:原子核内外でのφ中間子の崩壊のイメージ図

 

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図6:建設中の実験装置に集うJ-PARC E16実験コラボレーター(2019年撮影)。

 

  なお、下記のテレビ番組の中で、戦争を乗り越えた現代において加速器が繰り広げる研究の世界として、新設のビームラインで始まったこの実験に取り組む京都大学の成木恵准教授と学生達の様子が紹介されます。ぜひご覧ください。

  BS1スペシャル「原子の力を解放せよ~戦争に翻弄された核物理学者たち」
     8月16日(日)NHKBS1
       前編 22時00分~22時50分「日本の"原爆開発"疑惑・75年目の真相」 (50分)
       後編 23時00分~23時49分 「科学者たちの葛藤」 (49分)

 1)  J-PARCハドロン実験施設
  J-PARCは、大強度の陽子ビームで生成する多彩な二次粒子を用いて、さまざまな素粒子・原子核の研究や物質科学・生命科学の研究を行なっている施設です。「ハドロン」とは素粒子・原子核物理の用語で「強い相互作用で結合した複合粒子」という意味です。身近な存在として、原子核を構成する陽子・中性子のようにクォーク(物質を構成する素粒子)3個から構成される粒子(バリオン)や中間子(注2参照)等があります。J-PARCのハドロン実験施設では、クォーク間やハドロン間という極微の世界に働く「強い相互作用」の性質を調べる実験が行われており、それにより物質がどのように形づくられているのかに迫ろうとしています。

 2) 中間子
  クォークと反クォーク(クォークの反粒子)から構成される粒子。中間子には様々な組み合わせがあり、湯川博士の中間子論で有名なπ中間子や、φ中間子、K中間子、B中間子などがあります。

 3) ストレンジクォーク
  物質を構成する素粒子で、6種類ある。地球上の物質はそのうち「アップ (u) クォーク」と「ダウン (d) クォーク」から成っていますが、極めて密度が大きくなる中性子星内部など宇宙においては「ストレンジ (s) クォーク」が大きな役割を果たしていると考えられています。ハドロン実験施設ではこのストレンジクォークを含む粒子の性質を解明する研究が精力的に進められています。

 4) 質量は周りの環境で変化するのか、という謎に答えを出そうという実験
  J-PARC E16実験(理研、KEK、東京大学、京都大学、大阪大学RCNP、広島大学、筑波大学、東北大学、長崎総合科学大学、JAEA、JASRI、BNL、Academia Sinica)。「強い相互作用」の性質を解き明かすことにつながります。
季刊誌J-PARC No.12(2019年6月)参照。

【本件に関する問い合わせ先】

<研究内容について>

高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所 教授/J-PARCセンター 素粒子原子核ディビジョン ハドロンセクション セクションリーダー
澤田 真也
Tel:029 -284 -4563
e-mail:shinya.sawada[at]kek.jp

<報道担当>

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター 広報セクション
リーダー 阿部 美奈子
Tel:029 -284 -4578
Fax:029 -284 -4571
e-mail:abe.minako[at]jaea.go.jp
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
広報室長 引野 肇
Tel:029 -879 -6047
Fax:029 -879 -6049
e-mail:press[at]kek.jp
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所
広報コーディネーター 多田 裕子
Tel:029 -864 -5638
e-mail:htada[at]post.kek.jp

※上記の[at]は@に置き換えてください。