プレスリリース

2020.03.16

フッ化物イオン導電性固体電解質のイオン伝導メカニズムを解明- リチウムイオン電池の性能を凌駕する革新型蓄電池の創生を目指して -

概要

  革新型蓄電池 (ポスト・リチウムイオン電池) の開発競争をリードする上で、固体フッ化物シャトル電池注1) で使用するフッ化物イオン導電性固体電解質は、今後の蓄電池開発において重要なキーマテリアルとなります。

  京都大学複合原子力科学研究所 森一広 准教授、同産官学連携本部 福永俊晴 特任教授 (京都大学名誉教授) 、藤﨑布美佳 同特定助教、同工学研究科 安部武志 教授と兵庫県立大学 嶺重温 准教授ら、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所、総合科学研究機構との共同研究グループは、フッ化物イオン導電性固体電解質Ba0.6La0.4F2.4のイオン伝導メカニズムを原子レベルで解明しました。

  蛍石型構造をもつフッ化バリウム (BaF2) は、電池性能において重要な高電圧下での利用が期待されますが、その反面、イオン伝導率注2) が低い物質です。これにバリウム (Ba) の一部をランタン (La) で置換することでイオン伝導率が劇的に向上することが知られていましたが、本系のフッ化物イオンす (F-) の分布やその伝導メカニズムは不明のままでした。

  本研究では、最新鋭の蓄電池研究用中性子回折装置を利用し、Ba0.6La0.4F2.4固体電解質の原子位置や核密度分布 (散乱長密度分布) を精密に決定しました。その結果、フッ化物イオン伝導経路の可視化に成功し、準格子間拡散をベースとする拡散機構によってF-が伝導経路内を移動することを明らかにしました。

  本系のイオン伝導メカニズムの解明によって、フッ化物イオン伝導体のイオンの流れに関する理解をより深めることができると考えられます。さらに、本研究成果が、革新型蓄電池 (ポスト・リチウムイオン電池) の最有力候補の1つであるフッ化物シャトル電池の材料開発に大きく貢献することも期待されます。

  本研究成果は、2020年3月13日に、米国化学会 (ACS) 発行のエネルギー材料科学の専門誌「ACS Applied Energy Materials」のオンライン版に掲載されます。

20200316_01

 

1. 背景

  革新型蓄電池 (ポスト・リチウムイオン電池) の開発競争をリードする上で、固体フッ化物シャトル電池に使用するフッ化物イオン導電性固体電解質は、今後の蓄電池開発において重要なキーマテリアルとなります。蛍石型構造をもつフッ化バリウム (BaF2) は、電池性能において重要な高電圧下での利用が期待されますが、その反面、イオン伝導率が低い物質です。これにバリウム (Ba) の一部をランタン (La) で置換することでイオン伝導率が劇的に向上することが知られていましたが、本系のフッ化物イオン (F-) の分布やその伝導メカニズムは不明のままでした。

 

2. 研究手法・成果

  本研究では、Ba0.6La0.4F2.4固体電解質を合成するため、常温・常圧下で合成可能なメカニカルミリング法注3) を採用しました。また、中性子回折実験注4) を行うため、大強度陽子加速器施設 物質・生命科学実験施設 (J-PARC MLF) 注5) 特殊環境中性子回折装置SPICA (スピカ) 注6) を利用しました (図1) 

特殊環境中性子回折装置SPICA(スピカ)(資料提供元:J-PARCセンター広報セクション)

図1 特殊環境中性子回折装置SPICA (スピカ)  (資料提供元:J-PARCセンター広報セクション) 

  2価の価数をもつBa2+の一部 (40%) を3価の価数をもつLa3+で置換することで、BaF2よりもF-の量が20%増加します (余剰F-) 。また同時に、電気伝導率 (もしくは、イオン伝導率) が4〜5桁程度急激に上昇している様子がわかります (図2) 。SPICAを利用して中性子回折実験を行うことで、図3に示すような結晶の原子面間距離のピークのパターン、すなわち中性子回折データを得ることができます。このデータを用いてリートベルト解析注7) を行うことで、図4に示すようなBa0.6La0.4F2.4固体電解質の結晶構造 (512 K) を得ることができました。その結果、蛍石型構造を保持したまま、余剰F-が格子間サイト (F2) に存在し、正規のフッ素サイト (F1) に向かって広く分布していました。また、F1サイトにはフッ素欠損が部分的に生じていることもわかりました。さらに、最大エントロピー法注8) により核密度分布 (散乱長注9) 密度分布) を求めることで、「-F1-F2-F2-F1-」間を結ぶフッ化物イオン伝導経路の可視化に成功しました (図4) 。このことから、F-は、図5に示すような、F2サイトのF-がF1サイトのF-を押し出して玉突きでF-が動く準格子間拡散注10) をベースとする拡散機構によって伝導経路内を流れていると考えられます。

  

20200316_0301.jpg

図2 Ba0.6La0.4F2.4およびBaF2の電気伝導率の温度変化。

20200316_0302.jpg

図3 Ba0.6La0.4F2.4固体電解質の結晶構造解析の結果 (512 K) 。

20200316_04.jpg

図4. 512 K におけるBa0.6La0.4F2.4固体電解質 (M = Ba0.6La0.4) の結晶構造 (左) と核密度分布 (右) 。赤線は「-F1-F2-F2-F1-」間を結ぶフッ化物イオン伝導経路。F1は正規のフッ素サイト、F2は格子間サイトに対応する。

20200316_05

図5. Ba0.6La0.4F2.4固体電解質のフッ化物イオン伝導経路とイオンの流れのイメージ図。3つのM (= Ba0.6La0.4) 原子を結ぶ緑色の破線の面 (三角形) が横切るイオン伝導経路内の断面付近が、F-イオン伝導経路上で最もエネルギー障壁が高い領域 (ボトルネック) に相当する。

 

3. 波及効果、今後の予定

  本系のイオン伝導メカニズムの解明によって、フッ化物イオン伝導体のイオンの流れに関する理解をより深めることができると考えられます。さらに、本研究成果が、革新型蓄電池 (ポスト・リチウムイオン電池) の最有力候補の1つであるフッ化物シャトル電池の材料開発に大きく貢献することも期待されます。

 

4. 研究プロジェクトについて

  本成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO) の委託事業「革新型蓄電池実用化促進基盤技術開発 (RISING2) 」 (JPNP16001) の結果得られたものです。中性子回折実験は、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所のプロジェクト型研究課題 (S型課題番号:2019S10) の下、J-PARC MLFにおいて実施しました。

 

用語解説

 注1) フッ化物シャトル電池 (fluoride shuttle battery:FSB) 
  マイナスのフッ化物イオン (F-) が正極と負極の間を移動して充放電する蓄電池。

20200316_06

図6. フッ化物シャトル電池の動作原理 (資料提供元:J-PARCセンター広報セクション) 。


 注2) イオン伝導率
  抵抗率の逆数で、物質中でのイオンの流れやすさを表す。単位はS/cm (S:ジーメンス) 。


 注3) メカニカルミリング法
  試料を粉砕ボールと一緒に粉砕容器に入れて、高速で自転と公転を同時に行うことで、「粉砕ボールと粉砕容器」および「粉砕ボール同士」が衝突し、その機械的エネルギーを利用して試料の粉砕、さらには原子レベルで混合する方法。


 注4) 中性子回折実験
  中性子による回折現象を利用し、原子配列を観察する実験手法。特に、軽元素 (水素、リチウム、フッ素、酸素、等) に敏感であることが大きな利点である。


 注5) 大強度陽子加速器施設 物質・生命科学実験施設 (J-PARC MLF) 
  高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われている。J-PARC内の物質・生命科学実験施設 (MLF) では、世界最高強度のミュオン及び中性子ビームを用いた研究が行われ、世界中から研究者が集まる。


 注6) 特殊環境中性子回折装置SPICA (スピカ) 
  NEDO革新型蓄電池先端科学基礎研究事業 (RISING) の下、J-PARC MLFのビームライン (BL09) に建設された蓄電池研究用中性子回折装置。 (参考文献:Yonemura, M.; Mori, K.; Kamiyama, T.; Fukunaga, T.; Torii, S.; Nagao, M.; Ishikawa, Y.; Onodera, Y.; Adipranoto, D. S.; Arai, H.; Uchimoto, Y.; Ogumi, Z. Development of SPICA, new dedicated neutron powder diffractometer for battery studies. J. Phys. Conf. Ser. 2014, 502, 012053) 


 注7) リートベルト (Rietveld) 解析
  回折パターン全体を対象として、非線形最小二乗法により格子定数や構造パラメーターを精密化する方法。具体的には、最初に結晶構造モデルを仮定し回折ピークのパターンを計算した後、実測したデータと比較することで、仮定した結晶構造モデルを修正する。


 注8) 最大エントロピー法 (maximum entropy method:MEM) 
  限られた情報に基づき、情報エントロピーS (理すべき情報の不確かさ) を用いて、統計的に最も確からしい散乱振幅 (散乱長) 密度分布を計算する方法。本研究では、リートベルト解析で得られた構造情報を基に核密度分布を計算し、その中でFによる核密度分布の繋がり (ネットワーク) をフッ化物イオン伝導経路と見なしている。


 注9) 散乱長 (bc
  各原子による中性子の散乱のうち、回折に寄与する成分の強度の指標。例えば、Baのbc値は5.07 fm、Laのbc値は8.24 fm、Fの bc値は5.654 fmである (fm:フェムトメーター) 。


 注10) 準格子間拡散
  格子間サイト (正規ではない原子の居場所) に存在する原子が正規のサイトの原子を別の格子間サイトに押し出す、結晶中の原子 (イオン) の拡散機構の一種。玉突きによって拡散が進行する様子から「ビリヤードモデル」とも呼ばれている。

 

研究者のコメント

  革新型蓄電池開発のため多くの研究者・技術者が日々地道な研究を積み重ねています。我が国の蓄電池開発研究において、中性子散乱 (回折) が微力ながらお役に立てるよう、中性子材料科学の研究者として一層努力したいと思います。 (森) 

 

論文タイトルと著者

タイトル Experimental visualization of interstitialcy diffusion pathways in fast-fluoride-ion-conducting solid electrolyte Ba0.6La0.4F2.4
著 者 Kazuhiro Mori, Atsushi Mineshige, Takashi Saito, Maiko Sugiura, Yoshihisa Ishikawa, Fumika Fujisaki, Kaoru Namba, Takashi Kamiyama, Toshiya Otomo, Takeshi Abe, Toshiharu Fukunaga
掲 載 誌 ACS Applied Energy Materials ((DOI : 10.1021/acsaem.9b02494) 

 

お問い合わせ

<研究に関するお問い合わせ>
森一広 (もり・かずひろ) 
京都大学複合原子力科学研究所・准教授
TEL:072 -451 -2363
FAX:075 -451 -2635
E-mail:mori.kazuhiro.2u[at]kyoto-u.ac.jp
<報道に関するお問い合わせ>
京都大学総務部広報課 国際広報室
TEL:075 -753 -5729
FAX:075 -753 -2094
E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
兵庫県立大学姫路工学キャンパス経営部総務課
TEL:079 -266 -1661
FAX:079 -266 -8868
E-mail:soumu_kougaku[at]ofc.u-hyogo.ac.jp
高エネルギー加速器研究機構 社会連携部 広報室
TEL:029 -879 -6047
FAX:029 -879 -6049
E-mail:press[at]kek.jp
J-PARCセンター 広報セクション リーダー 阿部美奈子
TEL:029 -284 -4578
FAX:029 -284 -4571
E-mail:abe.minako[at]jaea.go.jp
総合科学研究機構 中性子科学センター 利用推進部 広報担当
TEL:029 -219 -5310 内線4207, 4501
FAX:029 -219 -5311
E-mail:press[at]cross.or.jp