トピックス

2024.02.29

J-PARC News 第226号

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■プレス勉強会を開催(1月26日)

 J-PARCメインリングでは、プロジェクト開始以来20年間の悲願だったニュートリノ実験施設への760kWビームの連続供給に成功しました。電磁石にたまったエネルギーを効率よく回収、再利用することで、これまでと同じ消費電力で約1.5倍のビームパワーを供給しており、大幅な省エネも実現しました。また、T2K実験国際共同研究グループは、ニュートリノ生成装置の増強を行い、単位時間当たり過去最多のニュートリノを生成できるようになりました。J-PARCでは、ニュートリノという素粒子の基本的な性質を調べるT2K実験を行っています。ノーベル賞が相次いで出るなど日本のニュートリノ研究は世界のトップレベルですが、今回のビームパワー向上でT2K実験が大きく飛躍し、それに続く ハイパーカミオカンデ計画に向けて新しい成果を世界に先駆けて出すことが期待されます。
 以上の内容は1月17日のプレス発表で紹介されたものです。J-PARCセンターではこれに関するプレス勉強会を開催しました。加速器ディビジョンの五十嵐進氏、素粒子原子核ディビジョンの坂下健氏からの説明と施設見学(中央制御棟、ニュートリノモニター棟、一次陽子ビームライン)を行いました。勉強会で紹介した内容について、後日、新聞等に掲載されました。
詳しくは J-PARC ホームページをご覧ください。 

(1)J-PARC加速器、ビームパワーを大幅更新し省エネも実現 -ニュートリノ研究の強力な原動力に-
https://j-parc.jp/c/press-release/2024/01/17001271.html

(2)反物質が消えた謎にニュートリノで迫るT2K実験、飛躍的に測定精度を高める新しい段階へ
 -加速器増強による過去最多のニュートリノ生成と新型検出器の初稼働に成功-
https://j-parc.jp/c/press-release/2024/01/17001272.html

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■プレス発表

(1)ミュオニックヘリウム原子を使った物理学の基本定理の検証に向けた第一歩 
 -40年ぶりに世界記録を更新-(12月28日)

 KEK、J-PARCセンター、名古屋大学、東京大学らの研究グループは、J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)のミュオン科学実験施設(MUSE)のDラインを使って、ミュオニックヘリウム原子の超微細構造の測定精度の世界記録を過去の1.5倍高いものに塗り替えました。これはJ-PARCでパルスミュオンを使った測定手法を世界で初めて確立したことを意味します。
 ミュオニックヘリウムは、ヘリウム原子が持つ2つの電子のうちの1つをミュオンに置き換えたもので、自然界に存在しない特殊な原子です。ミュオニックヘリウム原子の超微細構造を精密に測定すると、負の電荷を持ったミュオンの質量が決定できるほか、測定値と理論値を比較して「CPT定理」と呼ばれる物理学の根幹をなす法則の検証ができます。
 今回確立した技術はDラインの10倍のビーム強度をもつHラインでも使用可能であり、測定精度がさらに現在の100倍まで向上し、負ミュオンの質量をより正確に測定できます。今後も引き続き、本実験を元にミュオニックヘリウム原子について超微細構造の精密測定を進めていけば、粒子と反粒子の性質の違いが明らかになる可能性があります。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2023/12/28001262.html

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(2)量子磁性体のスピン波寿命を磁場で制御することに成功
 -スピン流制御のスイッチデバイスの可能性-(111日)

 東京大学、KEK、J-PARCセンターらの研究グループは、世界で初めて量子磁性体(RbFeCl3)のスピン波の寿命を制御することに成功しました。
 研究グループは、ルビジウムと鉄と塩素からなるRbFeCl3をJ-PARC MLFにあるHRC高性能チョッパー分光器、JAEAのJRR-3のHER分光器及び米国オークリッジ国立研究所のHYSPEC分光器を用いて、様々な磁場下でスピンのスペクトルを測定しました。その結果、磁場がない状態に磁場を加えると、スピンのエネルギーが散逸して寿命が短くなり、さらに強い磁場を加えると再び寿命が長くなります。このことから、量子磁性体のスピン波の寿命は、磁場によってコントロールが可能であると実証されました。
 スピン流は絶縁体の中でも存在し、エネルギー損失のない流れとして注目されています。将来的に、室温程度のエネルギーのスピン波寿命を磁場制御可能な量子磁性体が見つかれば、スピン流を制御するスイッチデバイスとなり得ます。より近い視点からは、中性子分光器の進歩により、スピン波寿命の磁場制御の研究は、今後ますます盛んになると期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。https://j-parc.jp/c/press-release/2024/01/11001267.html

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(3)高感度の新型中性子干渉計の開発に成功-中性子の相互作用の精密測定が可能に-(1月13日)

 理化学研究所(理研)、名古屋大学、KEK、J-PARCセンター、京都大学らの研究グループは、従来手法を大幅に上回る感度で中性子に及ぼされる相互作用を測定できる、新型中性子干渉計の開発に成功しました。
 中性子を利用した干渉計は、その量子性を利用することで中性子による相互作用を精密に測定できるため、物質分析などさまざまな物理実験に利用されてきましたが、ビーム制御の難しさと実験体系の制約から感度向上に限界がありました。
 本グループは、反射できる中性子の波長を自在に選べる「多層膜中性子ミラー」を用いた中性子ビームの制御に着目しました。干渉計に必要な4枚のミラーはそれぞれ独立に作成され、実験に応じて柔軟に位置を変更できます。さらに、多層膜中性子ミラーは結晶に比べ幅広い波長の中性子を利用できるので、中性子の利用効率が向上し、測定時間が短くなることで、防振装置など安定化のための仕組みが簡便になりました。
 干渉縞の測定実験は、J-PARC MLFで行い、中性子の波長に依存した干渉縞を初めて観測することに成功しました。さらに、繰り返し飛来するパルス状の中性子による干渉縞を時間変化に追随して観測できるようになったことで、観測データから時間に依存したノイズの除去が可能となりました。また利用波長の最適化や装置の大型化など、今後の開発によってさらなる高度化が可能です。
 今回の干渉計は、幅広い中性子を利用して波長に対する干渉縞を取得するという、新しい原理で動作します。従来型と比べて飛躍的に感度が向上し、取り扱いが容易になったので、物質分析の高度化、原子核や素粒子の間に働く力の研究や宇宙膨張の謎の解明など、幅広い分野の研究に活用されると期待されます。
詳しくはJ-PARCホームページをご覧ください。 https://j-parc.jp/c/press-release/2024/01/13001268.html

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■ハイパーカミオカンデ計画推進協議会開催(2月14日)

 第4回ハイパーカミオカンデ計画推進協議会がJ-PARCにおいて開催されました。 ハイパーカミオカンデ計画は、日本をホスト国とする国際協力科学事業であり、スーパーカミオカンデの8.4倍の有効体積を持つ水槽と超高感度光センサーからなる超大型地下実験装置の建設と、J-PARCで生成するニュートリノ数の増加により、宇宙の物質の起源と素粒子の統一理論の解明を目指すものです。
 協議会では、ハイパーカミオカンデプロジェクトの進捗状況や予算計画、海外研究機関との協定締結状況などの報告がありました。4年ぶりの現地開催となった協議会では対面で活発な意見交換が行われ、KEKと東京大学のさらなる連携などが確認されました。
 協議会終了後の施設見学会では、T2K実験のためにアップグレードしたニュートリノ前置検出器を視察しました。

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■J-PARCハローサイエンス『世界の大強度陽子加速器があるのは「アレ」のおかげです!』(1月26日)

 今月のハローサイエンスは加速器ディビジョンの原田寛之氏が講師を務めました。
 加速器の「アレ」とは何でしょうか。アレは「負水素イオン荷電変換多重入射」のことで、J-PARCをはじめ、世界にある陽子加速器がパワーアップ、すなわち大強度化するためには必要不可欠な方法です。
 ビームは主に磁場を使って軌道を曲げたり、収束したりしながら制御します。円形加速器に陽子を蓄積する際、入射粒子が正電荷の陽子ビームだと、既に周回している陽子ビームと同じ電荷をもつため、入射のための電磁石の磁場で同じ方向に曲げられてしまい、どうしても入射回数が限られてしまいます。そこで入射粒子に陽子ではなく負電荷を持つ負水素イオン(陽子に電子が2つ付着したイオン)を使うことで、既に加速器内を周回している正電荷の陽子ビームとは磁場中で逆方向に曲げることができ、スムーズに合流できます。正負のビームが合流した後に、ビームを炭素膜に通過させて負水素イオンの電子を取り除くことで、陽子のみで構成されるビームを作り出すのです。この手法により、周回しているパルス状の陽子ビームにタイミングよく次々と陽子を重ねて入射や蓄積をしていくことができ、世界にある陽子加速器のビームの大強度化を実現しました。
 しかし一方で、大強度化の実現によりビームの粒子数が増加したが故の課題もあります。入射部にある機器の放射化や電子をはぎ取る炭素膜へのダメージが増え、装置類の短寿命化が顕著に現れるようになったのです。
 そこで現在、われわれJ-PARC加速器グループでは、炭素膜を使わずに電子を取り除く、新たな技術の研究開発を進めています。これは、電子をレーザー照射で狙い撃って剥離させ、陽子ビームを作り出すという方法で、この技術が確立すれば、陽子加速器のさらなる大強度化に拍車をかけることでしょう。今後も加速器の進化とJ-PARCが拓く未来にご期待ください。

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■センター長が岡山県立岡山芳泉高等学校で出張授業(1月27日)

 「加速器ニュートリノで探る宇宙の謎」と題して、小林隆J-PARC センター長が、出張講座の講師を務めました。1、2年生36名が参加し、参加した生徒からは、「物理学に興味が湧きました」「物質・反物質の性質の違いについて詳しく知りたい」などの感想が寄せられました。

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■加速器運転計画

 3月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。

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J-PARCさんぽ道 ㊸ -早春のJ-PARC研究棟-

 J-PARC研究棟の玄関ホールは、要人や国際会議の集合写真を撮影する場所になっています。ここは最上階の4階までが吹き抜けになっていて、ガラス張りの玄関と天井から差し込む日光が、被写体となる人々の顔をまんべんなく自然に照らしているのです。
 エレベータが1基ありますが、健康のために階段を上がる人もいます。ここの階段は吹き抜けの内側に張り出していて、空中階段のようです。2階に来ると窓からは一面の松林が広がっています。3階では北に高鈴山を主峰とする多賀山地の頭が見えてきます。4階まで上がると東には太平洋が広がり、北は多賀山地の麓まで見渡すことができます。
 2月から3月にかけての東海村はまだ寒さが残る上に花粉が飛び交い、海岸は春一番の影響を直接受ける厳しい季節です。それでも早春の力強い日光は天窓とガラス張りの窓を通して採光され、J-PARC研究棟の吹き抜けの内部から建屋全体を暖め、明るくしています。

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