トピックス

2019.10.31

J-PARC News 第174号

■超精密な金属製中性子集束ミラー-多様な中性子ビーム集束デバイスの普及に期待-(9月19日、プレス発表)

 J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)では、世界最高強度の中性子線を用いて原子や分子の配列、動きを調べることにより、材料の分析を行っています。しかし、中性子ビームを発生源から試料位置まで輸送する際、ビームは広がって進むので、試料までたどり着ける中性子ビームはごくわずかです。「中性子集束ミラー」は広がったビームを1点に集めることができるデバイスで、これを使うと試料に行かずに無駄になっていたビームを試料に集中して当てることができ、測定時間の大幅な短縮につながります。こうした「中性子集束ミラー」を実現するためには、0.1nm(=100億分の一メートル)級の滑らかさと0.001度(1kmで数十mmの傾斜)級のうねりしか許容されない高い形状精度を併せ持った曲面状の基板に、「中性子スーパーミラー」と呼ばれる金属多層膜を成膜する必要があります。従来技術ではこのような基板は光学ガラスやシリコンなどの加工が非常に困難な材料でしか実現できず、大型化や複雑形状への対応が困難でした。研究グループは、レンズ金型に用いられている、加工が容易かつ超平滑面を製作しやすいアモルファス(非晶質)の無電解ニッケルリンメッキに注目し、集束ミラーの開発を行いました。大まかな形状に加工したアルミ合金に無電解ニッケルリンメッキの皮膜を付け、研磨仕上げ後、その上に中性子スーパーミラー多層膜を成膜することで、さまざまな形状の中性子集束ミラーを製作する方法を確立しました。金属基板は組み立てて接続することが容易なため、複数の集束ミラーを接続して大面積化できます。製作した集束ミラーをJ-PARCの中性子反射率測定装置SOFIAに設置し、発生源から4.3m離れた試料位置で、ビームが0.1mm強の高い精度で集束できていることを確認しました。これは世界最高レベルの性能です。今回確立した製作方法は、より立体的で複雑な形状を持つ高機能な中性子集束ミラーに繋がるもので、より精度の高い多くの実験データが得られることにより材料開発がますます進むと期待されます。
詳細はJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp/c/press-release/2019/09/19000331.html

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■ディスプレイ用半導体の性能を左右する微量な水素の振舞いが明らかに
 -素粒子ミュオンで透明半導体IGZO(イグゾー)中の不純物水素の局所電子状態を解明-(9月27日、プレス発表)

 近年急速にディスプレイ材料として普及している酸化物半導体InGaZnO4(IGZO:イグゾー)は、不純物としての水素に起因する性能上の問題があります。そこで本研究では、様々な条件のIGZO試料に正ミュオン(以下、単にミュオンという)を打ち込み、μSR法(ミュオンスピン回転・緩和法)により擬水素としてのミュオンの状態を調べました。測定には、J-PARCのミュオンS1-ARTEMIS実験装置と、ポール・シェラー研究所(スイス)の実験装置を用いました。水素濃度が低いIGZO薄膜では、ミュオン偏極度の時間変化の曲線から求めたミュオンが感じる内部磁場の分布幅と計算による予想を組み合わせることで、ミュオンがZn-Oの結合中心付近にあって、電子を伴わないミュオンの状態を取っていることが分かりました。こうした擬水素としてのミュオンの状態から、実際の水素がそこでイオン化(H→H++e-)して電子を供給する、つまり意図しないn型伝導を引き起こす原因となることが推測されます。水素濃度を高くした場合には、時間変化曲線の形は水素濃度が低い場合と異なり指数関数型を示し、ミュオン近傍の原子分布が乱れていること、さらに、水素のそばにミュオンが存在していることが考えられます。これは、酸素空孔中に2つの水素が捕獲されて2H-という水素の負イオン状態を作るという最近の理論的な予想を裏付けています。すなわち、水素が1個だけ存在する酸素空孔に後から来た擬水素としてのミュオンが捕獲される傾向を示唆しています。この場合にはO2-イオンが抜けた後を2H-が占めるため、電子の供給は起きません。ただし、このような負水素イオンは、光励起により電子を伝導帯に供給することが知られており、性能上の問題の原因である可能性があります。本成果は、擬水素としてのミュオンの状態の測定が、半導体・誘電体などの電子材料の性能を左右する微量の不純物水素の微視的な情報を得るのに有効であることを示し、今後、様々な電子材料の研究に応用されることが期待されます。
詳細はJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp/c/press-release/2019/09/27000335.html

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■フラストレート量子磁性体におけるハイブリッド励起を発見-譲り合う励起状態たち-(10月19日、プレス発表)

 フラストレート量子磁性体CsFeCl3は、圧力印加により「量子無秩序状態」から隣接するスピン(ミクロな磁石)が平行や反平行ではない磁気秩序状態である「非共線磁気秩序状態」への量子相転移することが報告されており、「位相揺らぎ」と「振幅揺らぎ」の混成した励起モードの実験的検証に最適なモデル物質と考えられています。本研究では、この物質の様々な圧力下におけるスピンの運動状態をJ-PARCの高分解能チョッパー分光器HRCとオークリッジ国立研究所の分光器を併用した中性子散乱実験により調べました。その結果、臨界圧力以下の量子無秩序状態においては、下図に示すように波数が1/3や2/3において極小となるようなエネルギーギャップを有するスペクトルが観測されました。これらの波数ではスペクトルの傾きが0となっており、このことは、スピン熱伝導やスピン波速度が強く抑制されていることを示唆します。一方、臨界圧力以上の非共線秩序状態においては、波数1/3や2/3でエネルギーギャップが消失しています。スペクトルがゼロでない傾きを持ち、このことは、スピン熱伝導やスピン流が大きくなっていることを示唆します。さらに、0.5–0.8meVと0.8–1.3meVの領域に特徴的なスペクトルが観測されました。理論による計算では、非共線秩序の特徴を正しく考慮した場合は、位相モードと振幅モードが混成し、その効果は低エネルギーにある2つのスペクトル曲線と高エネルギー側にある2つのスペクトル曲線の反発として観測されました。意図的に混成効果を無視した場合は、2つのモードは譲り合うことなく交差し、実験結果を再現しませんでした。本成果は中性子散乱実験を用いた様々な圧力下における物質の運動状態の研究に関する指針を提示し、そうした実験が熱流やスピン流のスイッチデバイスへの応用につながると期待されます。
詳細はJ-PARCホームページをご覧ください。 http://j-parc.jp/c/press-release/2019/10/19000342.html news174_3.jpg

 

 

■第33回J-PARCハローサイエンス「ミュオン素粒子で探るエネルギー関連材料」開催(9月20日、東海村産業・情報プラザ「アイヴィル」)

 物質・生命科学実験施設では、中性子やミュー粒子(以後、ミュオン)を用いて基礎から産業応用まで幅広い研究が行われています。9月のハローサイエンスでは、今年3月まで豊田中央研究所でMLFのミュオンを使った電池開発の研究などに従事され、4月に総合科学研究機構(CROSS)中性子科学センターに赴任された杉山純サイエンスコーディネータを講師に招いて、ミュオンを利用したエネルギー関連材料研究の講演を行いました。講演では、物質中の粒子の微細な運動を調べることができるミュオンの特徴、地上に降り注ぐ宇宙線ミュオンで火山の透過画像を撮り火山活動を観測した実例などの話を織り交ぜ、加速器で作り出すミュオンのμSR法で物質内部を観察する原理、そしてリチウム電池などのエネルギー貯蔵材料の研究開発の現状などを紹介しました。司会進行は広報セクションの井上直子氏が行い、随所に質問タイムを設けて参加者の疑問を解きながら進められました。

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■核融合施設見学会でJ-PARCハローサイエンス「偏光まんげきょうを作ろう!」を開催
 (10月20日、那珂市・那珂核融合研究所)

 10月20日に那珂市の量子科学技術研究開発機構 那珂核融合研究所で施設見学会が開催され、J-PARCセンターはハローサイエンス「偏光まんげきょうを作ろう!」コーナーで工作・実験教室を実施しました。広報セクションの井上直子氏、坂元眞一科学コミュニケーターが講師となり、全7回の実施に、未就学児から大人まで計59名が教室に訪れました。光は波であることを模型を使いながら説明し、その後、偏光シートと透明シート、紙コップを組み合わせて万華鏡を工作しました。2つの紙コップを回すことによって現れる様々な美しい形と色に、参加者からは「すごく綺麗!」など驚きの声が上がりました。

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■加速器運転計画

 11月の運転計画は、次のとおりです。なお、機器の調整状況により変更になる場合があります。

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