品質の高い大強度ビームを追い求めて

品質の高い大強度ビームを追い求めて
~カーボンナノチューブを用いたビーム形状モニタの開発~

 導電性が高く、かつ細くても強い素材として注目されているカーボンナノチューブは、J-PARCの加速器にも使われています。加速器の中を走るビーム中の粒子の分布の様子を調べる「ビームプロファイルモニタ」に使われ、品質の良いビームを供給するのに貢献しているのです。このモニタの技術を担当しているJ-PARCセンター 加速器ディビジョン 加速器第七セクションの宮尾氏にお話を伺いました。

(聞き手:J-PARC広報セクション)

ビームプロファイルモニタの重要な役割とは?

 J-PARC加速器の特徴である大強度とは、ビームの中の粒子の数が多いということですが、それらの粒子が加速器のビームパイプの中を進んでいる間に広がってしまうと、パイプの壁に当たって邪魔な粒子が発生してしまうなど、よくないことが起こります。そうしたことが起こらない、高品質なビームをつくれるように、ビーム中の粒子の分布の様子を調べるのが、ビームプロファイル (形状) モニタです。「今回お話しするモニタは、リニアックの4段階の加速方式のうちの1段階目である高周波四重極型リニアック (RFQ) をビームが出た後、次のドリフトチューブ型リニアック(DTL)に導かれる前にビーム形状を見るものです。」と、宮尾氏は、リニアックの模式図を見せながら、説明してくれました。

 

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どうやってビーム形状をはかる?

 モニターの構造は、図のように、枠の中にカーボンナノチューブのワイヤーが水平方向と垂直方向に張ってあり、負水素イオン (※) がワイヤーに当たると負水素イオンの電子がはがれてワイヤーの中を流れます。その電流を電圧に変換することで、負水素イオンを検出します。ヘッド自体をビームを横切って斜め方向に動かしながら検出することで、ビーム中の負水素イオンの分布を知ることができます。宮尾氏は、測定したビームプロファイルの一例 (下の図) をパソコンの画面で見せてくれました。「この例では、負水素イオンの電流密度が高く、横方向広がりが3.0mm程度と抑えられた良好な状態です。」

 (※) 負水素イオン:J-PARCの加速器は陽子加速器ですが、リニアックでは、陽子に2個の電子が付いた負水素イオンを加速し、続くRCSで2個の電子をはぎとり、陽子にします。

 

<< モニターの構造図 >>

モニターの構造図

 

<< ビームプロファイルの測定例の図 >>

ビームプロファイルの測定例の図

 

どうしてカーボンナノチューブを使う?

 「従来は炭素繊維ファイバー (直径7µm) を用いていました。エネルギー損失が小さいのでビームを当てても比較的切れにくいとされる炭素素材ですが、引張強度が弱いため従来のファイバーはビームに当たると切れやすかったのです。切れた場合に張り替えるのも細いので時間がかかり、メンテナンス時間が減っている運転状況の中で、対応が難しかった。これは、供給されるビームの品質にかかわる極めて重要な問題です。」と、宮尾氏は過去の苦労を語ってくれました。

 大学院時代には、カーボンナノチューブなど様々な材料の物性の研究を専門としていたバックグラウンドを持つ宮尾氏は、モニタのファイバーの切れに悩まされていた最中に、加速器学会に併設の企業展示ブースで、100 gの重りをぶら下げても切れないと展示していたカーボンナノチューブの製品を見て、「これでビーム形状のモニタが楽になる!」と思ったと言います。「引っ張って切れないこととビームを当てて切れないことは必ずしも一致はしません。でも、『これはいける!』と思いました。早速、上司におねだりし、2017年に購入が実現し、これを採用したモニタを制作して試験を行いました。」高品質のビーム供給を追求する宮尾氏の長年の思いはついに実を結びました。開発したモニタは、現在の500 kWの利用運転での運転前ビーム調整に十分耐えうることを確認し、現在、運転前のビーム調整時に使用され、高品質のビーム供給に貢献しています。

 

J-PARCの大強度ビームに貢献するために

 J-PARCの目標出力は1 MW。宮尾氏は、1 MW、さらにはそれを超える大強度ビームに対応していくために、ビームプロファイルモニタの性能試験を重ねています。「このたび、1 MWに対応するビーム強度 (ビームエネルギー3 MeV、ビーム電流56 mAと67 mA) でも、図のように問題なくビームプロファイルを測定できることを確認しました。従来の炭素繊維ファイバーでは、このような大強度ビームを当てると、熱電子 (加熱によって放出される電子) の影響により正確なビーム形状を測定できません。また、ビーム強度が上がればワイヤーは切れやすくなりますが、今回の試験で、ビームを当てて測定した後にもワイヤーはそれほど大きな損傷を受けていないことを確認しました。」宮尾氏は、2019年9月24日〜26日に開かれたJ-PARC 10周年記念シンポジウムのポスターセッションでこの成果を発表しました。さらに大強度に対応することを目指し、宮尾氏の挑戦は続きます。

 

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カーボンナノチューブを用いたビームプロファイルモニタで測定した、1MWに対応する大強度ビームの分布形状。18 mmの位置で負水素イオンの密度が最も高くなっており、横方向広がりが3.6mm程度の範囲内に負水素イオンが正規分布している様子がわかる。

 

【発表情報】

 J-PARC 10周年記念シンポジウム ポスター発表

 Beam profile measurement with carbon nanotube wire at J-PARC Linac

 
高エネルギー加速器研究機構
加速器研究施設 加速器第二研究系
J-PARCセンター 加速器ディビジョン 加速器第七セクション 准技師
宮尾 智章 氏
神奈川県出身。修士の時にカーボンナノチューブの物性研究をKEKつくばキャンパスのPhoton Factoryで実験していた。現在はリニアックモニタグループとしてビーム診断系の維持管理をしている。趣味は野球観戦と旅行。最近は徳島県のゆるキャラ「ししゃもねこ」を推している。業務外ではJ-PARCセンター内でのソフトボール大会で活躍するとともに、プロ野球観戦にも熱が入る。動画中の作業着に注目してほしい。

 

カーボンナノチューブを採用した
ビームプロファイルモニターの開発

J-PARCリニアック【MP4】