用語解説

J-PARC(大強度陽子加速器施設)関連用語集


加速器研究及び施設の関連用語

【あ】

  ISIS(アイシス)
  英国のラザフォードアップルトン研究所(RAL)が所有しているパルス中性子源実験施設。名前の由来は、古代エジプトの女神「イシス」からである。陽子エネルギー0.8GeV(800MeV)、出力160kW。J-PARC、SNSが建設されるまでは、パルス中性子源としては、世界一の中性子強度を有する施設であった。
  なお、 ISISでは2007年12月に第2ターゲット施設が運転を開始した。陽子エネルギー0.8GeV(800MeV)、出力は48kWとあまり高くないが、パルスの数を間引いて1パルスあたりの強度を高め、長波長の中性子を利用した実験に有利な特徴を有している。
  アーク部
  シンクロトロンのような円形加速器では、陽子ビームの向きを偏向電磁石の磁力で曲げて(フレミングの左手の法則)円形軌道を描かせている。その陽子ビームが曲げられる部分をアーク部と呼ぶ。アークとは本来は弓の意味である。
  J-PARCのシンクロトロンはアーク部が3箇所あり、それ以外の部分は直線なため「おむすび」のような形になっている。

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【い】

  イオン源
  加速器が加速する粒子(陽子や電子など)を生み出す装置。
  「イオン」は電荷を帯びた原子(または原子の塊、原子団)のこと。原子は通常電荷を帯びていない(プラス(+)でもマイナス(−)でもない中性)状態であるが、電子を放出すると+、電子を取り込むと−の電荷を帯びたイオンになる。+の電荷を帯びたイオンを陽イオン、−の電荷を帯びたイオンを負イオン(または陰イオン)と呼ぶ。
  J-PARCリニアック加速器のイオン源では、水素ガスをフィラメントで熱して負水素イオンを生成する。リニアックで加速された負水素イオンは、3GeVシンクロトロンに入射される直前で荷電変換膜により電子をはぎ取られ、陽子(陽水素イオン)になる。
  イオン源の長時間運転は加速器の稼働率向上や、実験時間増加のために重要であり、J-PARCでは長時間連続運転が可能なイオン源を開発した。

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【え】

  SNS(エス.エヌ.エス)
  米国のテネシー州オークリッジ国立研究所に建設されたパルス中性子源。Spallation Neutron Source(核破砕中性子源)の頭文字を取ってSNSと称される。
  陽子エネルギー1GeV、中性子源の出力は1.4MW。予算1.41B$(約1,550億円)で2000年度に建設着手、2006年から稼動を開始した。2008年4月に300kWの出力を達成し、ISISの出力を上回って世界最高出力の中性子源となった。
  eV(エレクトロンボルト、電子ボルト)
  エネルギーの単位。1電子ボルト(1eV)は、電位差1ボルトの二点間で加速された電子や陽子など素電荷eを持つ粒子が得る運動エネルギーを1電子ボルト(1eV)とする。ほぼ 1.60×10-19ジュール に等しい。
  百万電子ボルトをメガ電子ボルトあるいはMeV(メブ)、十億電子ボルトをギガ電子ボルトあるいはGeV(ジェブ)という。
  J-PARCは、リニアックで400MeV、シンクロトロンは2台有り、それぞれ3GeV、50GeVまで加速する。

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【か】

  加速器
  電子や陽子などの電気をもつ粒子を電場で加速し、大きな運動エネルギーを与えるための装置。粒子を走らせる軌道が直線状のもの(線形加速器、リニアック)と円形のもの(サイクロトロン、シンクロトロン等)に大別される。加速器の本来の目的は、高エネルギーの粒子をつくって他の粒子や原子核に衝突させ、素粒子反応や原子核反応を起こさせることにある。近年は医療用や工業用にも用いられる。加速器で得られる粒子のエネルギーは電子ボルト(eV)単位で表される。100万電子ボルトをMeV、10億電子ボルトをGeVと略記する。
  加速空胴
  加速器を構成する機器のうち、加速された粒子をさらに加速しつつ、その波形を整えて、目的に適した粒子ビームにするための機器。
  ドラム缶を横にしたような形状で、内部に空間があるため加速空胴(空洞と言う場合もある)と呼ばれる。
  空胴内部は蛇腹状になっていたり、あるいは適当な間隔で電極が設置されている。加速空洞内に高周波を送り込むと、蛇腹の先端部あるいは電極部に高周波電場(+(プラス)と−(マイナス)が交互に入れ替わる電場)が発生する。陽子はプラスの電荷を帯びているので、マイナスの電場に引きつけられるように加速される。陽子がマイナスの電極を通過すると、その電極はプラスの電場に入れ替わり、今までプラスの電場だった次の電極が今度はマイナスになる(これが高周波電場)。陽子はまた次のプラス電場に引きつけられ、さらに加速されていく。陽子から見ると、マイナスの電場が次々と先へ先へと進んでいくので、それに引きつけられて加速されていく。
  また、陽子はまるで波乗り(サーフィン)のように、高周波の波長の頂点部に集まるようになるので、塊(陽子ビーム)として形が整えられる。
  荷電変換膜
  負イオンは他の原子・分子等と衝突することにより、容易に電子を損失し陽子イオンとなる。高速の負水素イオン(水素原子に電子がさらに1個付いて、合計2個の電子が原子核である陽子の周囲にある状態)は、薄膜を通過するとき、薄膜を構成している原子や分子と衝突し、2個の電子をはぎ取られ陽子となる。この性質を利用し、入射するイオンの荷電を負から正に変換する膜を荷電変換膜と呼ぶ。
  J-PARCでは、リニアックで加速した負水素イオンを、3GeVシンクロトロンに入射する時に炭素薄膜を通過させて荷電変換を行い、陽子に変換している。

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【き】

  キッカー電磁石
  シンクロトロン等の円形加速器に陽子ビームを別の加速器から入射するとき、ビームが所定の位置に到達した瞬間に、ビームを周回軌道方向に蹴り入れる(キックする)ための電磁石。またシンクロトロンからビームを取り出すとき、必要なビームだけを蹴り出すためにも利用される。
  キッカー電磁石は、瞬間的に強力な磁場を発生できるように工夫された特殊な電磁石である。
  局在化
  出来事を限られた場所で起こるようにすること。
  J-PARCでは、加速器で陽子ビームが真空ダクトなどに衝突して失われるビームロスが起きると放射線が発生し、加速器構成機器を放射化させる。放射化した機器はメンテナンスなどの作業時に放射線被曝を起こす恐れがある。そのためビームロスをある一定の場所、例えば予めビームが衝突しても影響が無いような対策を施したコリメーターなどに局在化させることで、他の部分でのビームロスを防ぎ、放射化などの影響を極力低減化させるようにしている。

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【く】

  繰り返し周波数
  物事が1秒間に起こる回数で単位はヘルツ(Hz)。J-PARCではシンクロトロン加速器の、ビーム入射、加速、ビーム取り出しという一連の操作が1秒間に起こる回数を呼んでいる。
  J-PARCの3GeVシンクロトロンでは一連の操作が1秒間に25回(0.04秒に1回)繰り返されるので、25Hzであり、50GeVシンクロトロンでは3.64秒毎に1回繰り返されるので0.275Hzとなる。

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【し】

  J-PARC(ジェイパーク)
  J-PARC(Japan Proton Accelerator Research Complex)は、日本原子力研究開発機構(JAEA)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)が共同で建設・運営を行っている最先端科学研究施設。
  茨城県東海村のJAEA原子力科学研究所内、約65haの敷地に3台の大型陽子加速器と各種の実験研究施設が設置されている。加速器で光速近くまで加速された大強度陽子ビームを、標的である金属や炭素などの原子核と衝突させて、原子核破砕反応により大量の中性子や中間子、ミュオン、ニュートリノなどの粒子を発生させる。実験研究施設ではこれらの粒子を利用して原子や原子核の世界を調べ、最先端の原子核・素粒子物理研究や、タンパク質の構造解析や材料研究、核変換技術研究などが行われている。
  時間積分強度
  ビーム強度を参照。
  四重極電磁石
  N極、S極それぞれ2つずつ、合計4つの磁極を有する電磁石。加速器で粒子ビームを細く絞るために使われる。
  粒子ビームは同じ電荷(陽子ならばプラス、電子ならばマイナスの電荷)を持つ粒子が数兆個も集まったバンチ(塊)となっているため、それぞれの粒子が電気的に反発し合って発散(広がる)してしまう性質がある。またビームは加速中あるいは輸送中にも発散する傾向にある。そのままでは発散した粒子が真空ダクトに衝突して消滅する、あるいは機器を損傷させてしまう恐れもある。
  そのためビームの発散を防ぎ、ビームを中心軌道周辺の狭い空間に保持するため、電磁石の磁力を利用して粒子ビームを中心に集める働きをする電磁石が四極電磁石である。カメラで言えばレンズのような働きをする。この磁石は中心から遠ざかるに従って磁場が強くなるように製作されているため、発散して中心から外れた粒子をビーム軌道中心方向へ曲げて集めることができ、ビームを細く絞ることができる。
  J-PARCでは、3GeVシンクロトロンに60台、50GeVシンクロトロンに216台の四重極電磁石が設置されている。
  真空チェンバー、真空ダクト
  粒子(陽子や電子など)ビームは、空気中では酸素や窒素等と衝突して散乱され、やがて消滅してしまう。そのため加速器やビーム輸送路などでは、ビームの進行する領域を真空にすることが必要である。金属やセラミックで製作した、気密性に優れた容器(チェンバー)や細長い筒(ダクト)の内部を高真空(スペースシャトルが飛行する宇宙空間と同じ程度の真空度)に保ち、窒素や酸素と衝突して粒子ビームが消滅することを防いでいる。この容器や筒を真空チェンバーや真空ダクトと呼ぶ。
  シンクロトロン
  陽子等の荷電粒子を円形軌道に保って、高周波電場を使って加速する装置。電磁石を軌道部分にリング状に配置し、軌道の一部に置かれた高周波を利用した加速空胴で陽子などを加速する。
  加速空胴を直線に並べたリニアックでは、陽子などは加速空胴を1回しか通過しないため、高エネルギーまで加速するためには数多くの加速空胴が必要になり、装置は延々と長くなってしまう。シンクロトロンでは、円形軌道に沿って陽子などを周回させることで加速空胴を何度も通過させ、その度に徐々に加速していく。J-PARCのシンクロトロンでは、陽子を軌道に沿って曲げるための偏向電磁石と、発散する陽子を絞るための四重極電磁石などの数多くの電磁石が適切に配置され、陽子は一定の円形軌道を周回している。
  ただし、陽子は加速される度にエネルギーが上がり(速度が速くなり)、軌道半径が大きくなってしまう。そこでシンクロトロンでは、陽子のエネルギー(スピード)に合わせて電磁石の磁場を強くしてさらに強力な力で曲げることで、陽子が常に一定の円形軌道を通るように工夫されている。陽子のエネルギーと電磁石の磁場の強さを同期(シンクロナイズ)させることから、シンクロトロンと呼ばれている。
  J-PARCでは、1周約350mの3GeVシンクロトロンでは0.04秒間に約14600回、1周約1600mの50GeVシンクロトロンでは3.64秒間に約40万回、陽子が軌道上を周回して、所定のエネルギーまで加速される。

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【せ】

  セプタム電磁石
  シンクロトロン等の円形加速器へ陽子ビームを入出射する時は、ビームの入射軌道や出射軌道と、シンクロトロン中を周回しているビームの軌道が非常に近接しているため、周回ビームに影響を与えないように入出射ビームのみコントロールすることが必要である。セプタム電磁石は、周回ビームに影響を与えないように入出射ビームだけを曲げることができるように製作された、特殊な偏向電磁石である。
  線形加速器(リニアック)
  線形加速器(リニアック;Linear Accelerator、リナック、ライナックなどとも言う)は、加速空洞を直線状(リニア)に並べ、高周波電場を使って電子や陽子などの荷電粒子を直線的に加速する加速器の総称。この方式では定常的にビームを取り出せるので、多くの粒子(大電流)の加速に適している。
  しかし、粒子は特定の加速空洞を1回しか通らないために、高エネルギー(粒子のスピードをさらに高めること)にするには数多くの加速空洞が必要となり、長い装置が必要になる。このため、さらに高エネルギーに加速するためには、同じ加速空洞に粒子を何度も通しながら加速することができるシンクロトロン(円形加速器)が用いられる。
  J-PARCのような高エネルギー大電流加速器の設計においては、直線加速器(リニアック)とシンクロトロンを組み合わせ、効率的な加速を行う。

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【そ】

  ソレノイド電磁石
  約6テスラ(日本付近の地磁気の約1万5千倍)の高い磁場を6m程度の長さにわたって発生させ、π中間子(パイオン)を飛行中にミュオンに変換する事により、ミュオンを効率良く発生し輸送するための装置。超伝導を用いたソレノイドコイル電磁石が作る磁場の閉じ込め効果を用いる。

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【た】

  大強度(陽子加速器)
  種々の研究に利用するための二次粒子を、核破砕反応によって多数かつ多種類発生させるためには、単位面積あたりの陽子の数が多い(これを大強度という)高出力ビームを原子核に衝突させる必要がある。陽子ビームの強度が大きいと、発生する二次粒子の強度も強くなり、利用する研究の幅を広げることができる。
  大強度陽子加速器施設(J-PARC)
  J-PARC(ジェイパーク)の項を参照。
  ターゲット(標的)
  2次ビームである中性子、中間子等を発生させるために陽子ビームを衝突させる物体。大強度の加速器では水銀や鉛合金などの比較的低い温度(常温を含む)で液体になる金属をターゲット材料として用い、大強度ビームにからの除熱、耐久性、耐放射線性などの課題に対処する。
  J-PARCでは、中性子発生用のターゲットに水銀、ミュオンやニュートリノ発生用に黒鉛(カーボン)、中間子発生用にニッケルを材料として使用している。

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【ち】

  超伝導空胴
  超伝導リニアックの主要な加速部である。超伝導状態となるひょうたん型の空胴であり、内部に蓄えられる高周波電力により荷電粒子を加速する。加速される荷電粒子の速度により形状が異なる。質量の軽い電子の場合はほぽ一定速度(光速)で加速されるため構造は簡単となり、これまでにも各国で実用化されている。一方、質量の重い陽子を加速する場合には速度がエネルギー毎に変化し、低エネルギー側では扁平な空胴形状となるため、構造設計が難しい。現在、先進各国で開発が競われている。
  超伝導リニアック
  超伝導空胴を用いて陽子などの荷電粒子を加速する線形加速器(リニアック)。常伝導の場合と比べて電力効率が高いこと、ビーム管径を大きくできることなどが特徴である。電力効率が高いことはシステムのエネルギー効率を向上させることに寄与する。ビーム管径を大きくできることはビーム損失を抑制して加速器システムの漏洩陽子によるダメージを低減することに寄与する。

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【て】

  電子ボルト(eV)
  eV(エレクトロンボルト)を参照。

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【に】

  入射バンプ電磁石
  J-PARC 3GeVシンクロトロンでは、入射時のみビームが荷電変換膜を通過するようにしなければならない。このため、シンクロトロン内を周回している粒子は荷電変換膜を通過しないように、ビーム周回軌道の一部は荷電変換膜を避けるためコブ状にふくらませている。このように入射時にコブ状の軌道をつくるための電磁石を入射バンプ電磁石と呼ぶ。
  バンプ(bump)とは、こぶ(瘤)や隆起のことで、道路で車のスピードを落とさせるために路面に付けている隆起もバンプと呼んでいる。

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【は】

  バッファタンク
  液体や気体を一時的に貯めておくためのタンク。
  パルス電磁石
  加速器内で陽子は連続して存在しているのではなく、いくつかの塊状(バンチ)になって存在している。ビーム加速中、加速器内のある一箇所でこれらを眺めると、通過する時間は極めて短いが、何回も繰り返し通過することとなる。このような状態をパルス状と呼ぶ。これらの塊状陽子が通過するときだけ働く電磁石をパルス電磁石という。
  J-PARCでは、3NBT(3GeVシンクロトロンから物質・生命科学実験施設への陽子ビーム輸送ライン)と、3-50BT(3GeVシンクロトロンから50GeVシンクロトロンへの陽子ビーム輸送ライン)の振り分け電磁石として使われており、この電磁石の可動によりMLFあるいは3GeV出射ダンプと50GeVシンクロトロンへの同時取り出しが可能となる。

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【ひ】

  ピーク強度
  ビーム強度を参照。
  ビーム強度
  一定時間内にターゲットや計測装置などの、ある面を通過する粒子の数。ビームがパルス状に生成される場合、そのパルス内の瞬間的な最大粒子数をピーク強度、パルス内に含まれる粒子の数をパルス強度、時間的に平均した強度を(時間)平均強度、実験に使われた全粒子数を表すときなどにはその積分値を(時間)積分強度と呼び、区別している。
  ピームコリメータ
  陽子ビームは塊(バンチ)となって加速器内部で存在している。陽子は全て+(プラス)の電荷を帯びているので、塊の中で隣り合う陽子同志は電気的に反発し、加速あるいは輸送中発散する傾向にあり、ある広がりを持つことになる。発散した塊の周辺部にある陽子は、加速器構成機器にぶつかり構成機器を放射化したり、場合によっては損傷させる恐れもある。標的に照射される際には、標的領域以外に照射されることもある。
  こういった事象を回避するため、塊の周辺部の余分な粒子を取り除くための装置をビームコリメータと呼ぶ。時にはビームスクレーパーと同義にも使用される。
  ピームスクレーパ
  ビーム加速やビーム輸送の際に技術的な必要性からビームサイズを小さくする装置。時にはビームコリメータと同義にも使用される。
  ピームダンプ
  加速されたビームの最終目的地。標的との相互作用による2次粒子生成等の目的に利用できなかったビームを破棄するところ。
  ピームロス
  ビームの一部又は全部が目的地に到達する前に失われること。標的への照射や入出射部等限定された場所で起こるポイントロスと、加速器や輸送ラインに沿って起こるラインロスがある。後者は、ビームは真空チェンバー中を輸送されるが、完全な真空ではないので残留ガスと衝突し散乱し、極々微量では有るが加速あるいは輸送中に真空チェンバー中でビームが失われるものである。

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【ふ】

  負水素イオン(H-)
  原子・分子に1個又はそれ以上の個数の電子が加わって負の電荷を帯びた状態にあるものを負イオンという。正(+)の電荷を持つ1個の陽子(通常 p と表記)の周りを、負(−)の電荷を持つ1個の電子(通常 e と表記)が回っている水素原子にさらに電子1個が付け加えられ、1個の陽子の周りを2個の電子が回り負の電荷を帯びたイオンを負水素イオンとよぶ。
  J-PARCのリニアックでは負水素イオンを加速し、3GeVシンクロトロンに入射する直前で炭素の薄膜(荷電膜変換)を通して荷電変換(電子を剥ぎ取ること)を行い、陽子に変換している。
  リニアックから3GeVシンクロトロンに陽子を入射しようとすると、リニアックからの入射軌道を曲げるために励磁されるキッカー電磁石の磁場が、シンクロトロン内を周回している陽子ビームの軌道に影響を与えてしまい、上手く入射することができない。しかし負イオンは陽子と電荷が逆であるため、同じ磁石によって曲がる方向が逆になるため、上手く入射することができる。
  フライホイール
  物体の回転運動の形でエネルギー(電力)を蓄えておき、必要な時に回転運動のエネルギーで電力を発生させる装置。J-PARCの50GeVシンクロトロンは、3GeVで入射した陽子ビームを50GeVに加速するということを約0.3Hz(約3秒間に1回)で繰り返す。これに応じて電磁石磁場を繰り返し上げ下げしなければならない。そのために生じる電力変動を低減し平滑化するためにフライホイールが用いられる。
  J-PARCのような大電力を使用する設備は、急激な電力変動を伴うと、受電している電力系統(送電線などを流れている電気)に変動を及ぼし、その系統に接続されている工場の設備や家庭電化製品などに影響を与える恐れがある。そのため事前に十分な電力系統解析を行い、影響を与えない範囲、条件で受電するが、その影響をさらに低減化させるためには、フライホイールなどの装置が必要になる場合がある。

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【へ】

  ベロー(またはベローズ)
  配管と配管のつなぎ目などを接続している、波状に加工された管。「蛇腹」とも呼んでいる。
  ベローは伸縮させることができるため、温度差や振動などによる材料の伸び縮みで生じるズレを吸収したり、ベロー内部の容積を変化させて圧力を吸収したり一定に保つことなどができる。
  楽器のアコーディオンの蛇腹部分もベロ−構造の一種であり、容積を変化させて空気を楽器に送り込む働きをしている。
  偏向電磁石
  ビームの方向を変える電磁石。シンクロトロンでは、アーク部に設置し、ビームがリング状の軌道を周回するよう制御している。
  陽子や電子などの荷電粒子は、磁力線の中を通過すると「フレミングの左手の法則」による力を受けて、その進行方向が曲げられる。偏向電磁石は上下に磁場をかけて、陽子や電子の進行方向を左右に曲げることができる。また偏向電磁石を90度傾ければ、上下方向へも向きを曲げられる。
  シンクロトロン加速器では、この偏向電磁石を適切に配置して、陽子ビームなどが円形の軌道を描くようにしている(このビームが曲げられている部分をアーク部と呼ぶ)。シンクロトロンのような円形加速器は、一見なめらかな円のように陽子ビームが周回しているようだが、陽子ビームは偏向電磁石の部分だけで曲げられており、磁石と磁石の間は直進している。
  J-PARCの3GeVシンクロトロンでは24台、50GeVシンクロトロンでは96台の偏向電磁石が配置されている。従ってそれぞれ24角形、96角形であるとも言える。
  シンクロトロンでは、陽子ビームが常に一定の軌道を通るように、加速される陽子ビームエネルギー(スピード)に合わせて偏向電磁石の磁場を強くしている。陽子ビームのエネルギーと偏向電磁石の磁場の強さを同期(シンクロナイズ)させることから、シンクロトロンと呼ばれている。

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【ほ】

  放射光
  電子、陽電子等の高エネルギーの荷電粒子が磁場中で軌道を曲げられるときに軌道の接線方向に電磁波(光)を出す現象を「シンクロトロン放射」と呼び、そのとき放出される光をシンクロトロン放射光あるいは単に放射光と呼ぶ。指向性が高く輝度が高いのが特徴。
  加速器は荷電粒子の加速を目的としているが、シンクロトロンなどの円形の軌道で粒子を周回させる加速器では、偏向電磁石で粒子の軌道を曲げる度に放射光が発生し、折角加速したエネルギーが失われてしまう。そのため「厄介な光」として嫌われていたのだが、放射光の指向性、輝度が優れていることから、これを物性研究などに利用することが考えられ、粒子を加速することよりも放射光を発生させることを目的とした加速器(放射光専用施設)も建設されている。兵庫県にあるSPring-8や、高エネルギー加速器研究機構のPF(フォトンファクトリー)などである。
  放射光の発生は、荷電粒子の質量の4乗に反比例するため、質量の小さい粒子(例えば電子など)ほど放射光の発生が多い。J-PARCで加速している陽子は電子の約2千倍の質量があるので、電子に比べると放射光の発生は10兆分の1以下であり、加速エネルギーが失われる影響は非常に小さい。
  補正電磁石
  陽子ビームは、偏向電磁石で向きを曲げ、四重極電磁石で発散を抑えて(絞られて)加速したり、また次の加速器に輸送(送られ)したりする。陽子ビームは、真空ダクトの中を加速・輸送されるが、陽子ビームが真空ダクトに接触しないように、長い距離を輸送する際には陽子ビームの上下方向、左右方向の位置の微調整を行う必要がある。陽子ビームの位置の微調整を行う電磁石が補正電磁石である。補正電磁石の構造は偏向電磁石と同じように陽子ビームを曲げる磁石であるが、曲げ角が小さいので偏向電磁石に比べ小型である。

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【よ】

  陽子
  水素の原子核。電子の1,836倍の質量と、電気素量に相当する陽電荷を持つ。中性子と共に原子核の構成要素。1032年以上の寿命を持つとされ、陽子の安定性は物質の安定性の基礎である。
  陽子ビーム窓
  物質生命科学実験施設・ビーム輸送装置の真空ダクトの末端の外側には、ヘリウムが充填された中性子ターゲット装置がある。このヘリウムが真空ダクトに流れ込まないようにする仕切りが陽子ビーム窓である。陽子ビームは陽子ビーム窓を通過して中性子ターゲット装置に入射する。陽子ビームの通過により陽子ビーム窓は発熱するため水を流して冷却する。

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【り】

  LINAC(リニアック、またはリナック)
  線形加速器参照。
  リニアックとシンクロトロン
  リニアックは加速空洞を直線状(リニア)に並べ、粒子を直線的に加速する加速器の総称で、線形加速器とも呼ばれる。この方式では定常的にビームを取り出せるので、多くの粒子(大電流)の加速に適している。
  しかし、粒子は特定の加速空洞を1回しか通らないために、高エネルギー(粒子のスピードを高める)とするには数多くの加速空洞が必要となり、長い装置が必要になる。このため、高エネルギーとするには、同じ加速空洞に粒子を何度も通しながら加速することができるシンクロトロン(円形加速器)が用いられる。J-PARCのような高エネルギー大電流加速器の設計においては、リニアックとシンクロトロンを組み合わせ、効率的な加速を行う。

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【ろ】

  六重極電磁石
  ビーム加速中粒子の進行速度は完全に揃っているのではなくばらついており、速度分布をもっている。速い粒子ほど四重極電磁石から受ける力が弱くなり、ビームが発散する方向に向かう。この作用を補償しビームを収束させるための電磁石である。

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【わ】

  W(ワット)
  電力を表す単位で、電流をアンペア(A)、電圧をボルト(V)で表した場合、その積がワット(W)である。加速器のビーム出力の単位としても用いられ、その場合、ビーム電流をアンペア(A)、ビームエネルギーを電子ボルト(eV)で表してその積がワット(W)となる。MWはメガワットと読み、百万ワットを表す。核破砕反応によって生じる中性子ビームの強度はほぼ陽子ビームのワット数に比例する。