平成29年8月10日

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
一般財団法人総合科学研究機構

  

シリコンを使わない太陽電池の設計に道筋
有機系半導体の特性を解明、次世代型太陽電池の実用化へ期待

  

 【 発表のポイント 】 

 ✣ 太陽電池の素材としてシリコン系ではなく、ペロブスカイト半導体と呼ばれる有機-無機ハイブリッド系材料に注目した。
 ✣ ペロブスカイト半導体の特徴は、光エネルギーが熱として逃げてしまう割合が小さい点と、高い変換効率にある。しかし、なぜそうなるのかは不明だった。
 ✣ J-PARCの実験装置を使って調べた結果、ペロブスカイト半導体の中の有機分子中の電気双極子が独特の運動をしていることと、励起エネルギーの低い音響フォノンのみが熱伝導に寄与していることが、その原因であることを突き止めた。

  シリコンを使わない、新しい半導体を使った太陽電池の設計への道筋が見えてきました。「ペロブスカイト半導体」と呼ばれる材料を使った方法です。

  現在開発が進む太陽電池の多くには、シリコンでできた半導体が使われていますが、いくつか問題があります。シリコン樹脂を作るにはかなりの電力が必要です。また、太陽電池自体に起因する問題として、シリコン系太陽電池のエネルギー効率向上が限界に近づきつつあること、波長が異なる太陽光をすべて電気エネルギーに変換することが難しいこと、変換する際に一部の光エネルギーが熱となって逃げてしまうことなどがあります。

  そうした中、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (理事長 児玉敏雄) とJ-PARCセンター註1 (センター長 齊藤直人) 、総合科学研究機構 (理事長 横溝英明) の研究チームは、太陽電池の材料として「ヨウ化鉛メチルアンモニウム (MAPbI3) 」に注目しました。この物質は、無機物で構成された八面体の中に、有機分子が入れ子のように入った「ペロブスカイト」と呼ばれる独特の結晶構造を持ちます。このペロブスカイト半導体の一つであるMAPbI3の大きな特徴は、電気に変換する過程でエネルギーが熱として逃げてしまう割合が圧倒的に小さい点と、高い変換効率にあります。しかし、MAPbI3がなぜそうした特徴をもっているか、その理由は不明のままでした。

  そこで研究チームは、J-PARCの物質・生命科学実験施設 (MLF) に設置された2台の中性子非弾性・準弾性散乱実験装置を用いて、MAPbI3の原子運動を調べました。その結果、MAPbI3の中に含まれる有機分子の中に存在する正負の電荷が対となった電気双極子が独特の運動をしていること、この物質で熱を伝えているのは「光学フォノン」ではなく励起エネルギーがとても小さい「音響フォノン」であり、その伝搬速度が遅く、かつ寿命が短いため、熱伝導が極めて低く抑えられていることがわかりました。さらにMAPbI3では、半導体が光を吸収することで生成される「電荷キャリヤー」という状態が、再結合により消滅するまでにきわめて長い距離を移動できるという、太陽電池素材として有利な性質をもっており、低い熱伝導がこのキャリヤーの長い寿命を支えていることもわかりました。

  シリコン系太陽電池は高温下で作成する必要があります。また、化合物半導体を使用した太陽電池は真空中で作成や加工しなければなりません。従来型の太陽電池ではこうした問題がコストを押し上げていました。しかしペロブスカイト半導体の作成には高温も真空も必要なく、印刷技術を適用することで製造コストを大きく下げることができる可能性を持ちます。今回の結果はペロブスカイト半導体すべてに応用できる可能性があり、高機能で安い次世代型の太陽電池を設計する際の基礎になることが期待されます。

  なお、本研究は、2017年6月30日付 (日本時間18:00) で英国科学雑誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

 【 背景 】 

  再生可能な自然エネルギーである太陽の光エネルギーを、「太陽電池」というデバイスを用いて電気に変換する太陽光発電が脚光を浴びています。

  これまではシリコンなどでできた半導体で作られたものが主流を占めてきましたが、ここ数年、ハライド系有機-無機ハイブリッド型ペロブスカイト半導体という物質が次世代太陽電池の候補として注目されています。なぜなら、太陽電池としてのエネルギー変換効率が2009年の4%から2015年には20%を超えるところまで一気に改善されたためです。

  ハライド系有機-無機ハイブリッド型ペロブスカイト半導体の中で、MAPbI3は、この種の半導体のプロトタイプになりうる典型的な物質です。効率的な太陽電池の材料としては、「光を吸収して電子またはホールなどキャリヤーの励起を引き起こす」「そのキャリヤーが動き回れる」といった性質を持っていなければなりません。MAPb3は、電荷キャリヤーが生成されて再度格子に捉えられるまでに走る拡散長が極めて長いという、太陽電池材料として非常に都合のよい性質を持つ一方で、熱伝導度が極めて低いなど、太陽電池の性能に直結する性質が の半導体とは明らかに異なる性質を示しています。有機-無機ハイブリッド構造がこうした性質にどのように影響しているかを原子レベルで基礎的に理解することが、太陽電池の材料として使いこなすため、さらにエネルギー変換効率の高い関連物質を見つけるために欠かせません。

  今回、本研究グループは、J-PARCのMLFに設置された2台の中性子非弾性・準弾性散乱実験装置を用いて、大きな単結晶を用いた実験を行い、コンピュータシミュレーションの計算結果と照らし合わせながら、MAPbI3の原子運動がこうした特異な性質にどのように寄与しているかを調べました。

 【 方法 】 

  研究グループは、中国の大連化学物理研究所註2が育成に成功したMAPbI3の大きな単結晶 (図2) を用いて、世界で初めて、単結晶でのMAPbI3の物性を、中性子非弾性散乱・準弾性散乱という手法を駆使して調べました。中性子非弾性・準弾性散乱実験では、物質による中性子の散乱 (散乱強度) を、散乱方向とその際のエネルギーのやり取りを含む情報として測定するもので、物質の中の原子集団の原子振動や分子の回転・併進などの運動モードを分析できます。今回、有機分子の運動は、中性子準弾性散乱により、高エネルギー分解能で、極めて小さなシグナルを測定できるダイナミクス解析装置「DNA」により調べました。また、フォノンの測定は、いくつかの波長の中性子を同時に入射させるマルチEi測定法により、測定空間とエネルギー分解能の異なるスペクトルを同時計測できる冷中性子ディスクチョッパー型分光器「AMATERAS」により行いました。

  MAPbI3は、PbI6が作る八面体が頂点でつながった無機の骨格格子を持ち、その格子の真ん中にあるポケットに、CH3NH3+カチオン有機分子が入っており、外の無機格子は硬いが、中の有機分子は柔らかいというハイブリッド構造を持ちます (図1) 。このため、真ん中のポケットに陽イオンが1個しか入っていない通常のペロブスカイト構造の場合と異なり、クーロン力による電気的な相互作用の他、有機分子のHと無機格子のIの間で働く水素結合により無機格子と有機分子が複雑に相互作用しています。さらに、有機分子自体がC-N結合の分極により電気双極子 (ダイポール) として機能し、その双極子間の相互作用があるため、この物質の中の原子レベルでの運動を調べることは容易ではありません。これまでの実験では、実験試料としてMAPbI3の粉末体が用いられてきましたが、粉末体では、得られるデータは方向に対して平均化されたもので、無機格子と有機分子の方向を含む相関関係についての情報に乏しく、実験結果の整理に不一致が生じていました。

 【 結果 】 

  中性子ビームでの観察の結果、低温でのMAPbI3の斜方晶では、有機分子のC-N結合の方向が双極子間の相互作用により交互に反転するような状態 (反強誘電) で揃っており、CH3、NH3基がC-N結合を軸として3回対称でジャンプ回転していることがわかりました。また、骨格を形成する無機格子では、様々な集団運動の励起が見られました (図3a,b) 。これらの励起モードは通常の固体でも見られるものですが、励起エネルギーが非常に小さいという特徴がありました。

  次に、斜方晶から正方晶への相転移に際し、有機分子では3回対称の回転運動が一層 (約30倍) 速くなるとともに、分子全体が4回対称で回転するモードが加わっていることが観察されました。このとき、無機格子の集団運動の内、光学フォノンという特定の原子集団振動モードが消失していることを発見しました (図3c,d) 。これは、有機分子の4回対称回転運動に伴う電気双極子の方向の無秩序化が引きがねであることが、コンピュータシミュレーションにより明らかになりました。

  さらに、熱伝導度の温度依存性のデータと照らし合わせたところ、この物質では原子集団の励起エネルギーが非常に小さく、熱伝搬速度が遅いため、熱伝導が極めて低く抑えられていることがわかりました。

  通常、光により励起し、解離した電子やホールなどエネルギーの高いキャリヤーは、結晶格子の原子集団振動にそのエネルギーを渡し、熱を散逸させることで、キャリヤーの運動エネルギーを失い再結合します。一方、MAPbI3では、「フォノン・ボトルネック効果」という、キャリヤーからのエネルギー散逸を遅くする機構が働いていることが最近指摘されています。これは、キャリヤーからエネルギーを受け取るべき原子集団振動の受け皿の数が少なく、エネルギー散逸を律速していることを意味します。本研究により、MAPbI3では原子集団振動による熱の散逸が非常に遅いこと、無機格子の特定の原子集団振動モードが消失していることが分かりましたが、このことは、原子集団振動のエネルギーが、有機分子のねじれ振動や伸縮振動など局在した分子振動を励起しやすいことを示しています。すでに励起状態になった有機分子は、電子やホールからエネルギーを受け取ることができないため、電子とホールが再結合できずキャリヤーのまま居続けると考察され、フォノン・ボトルネック効果とそれによるキャリヤーの長い拡散長が、原子レベルのダイナミクスから理由付けできました。

  以上のように、MAPbI3において、電気双極子をもつ有機分子の回転モードは、低い熱伝導の原因となる一方で、電荷に強く作用しキャリヤーの伝導を妨げるため、その移動度を抑制してしまいます。一見太陽光発電に不利に見えますが、低い熱伝導がキャリヤーの長い寿命を支え、結果的に極めて長い拡散長につながっています。本研究から、有機-無機ハイブリッド型ペロブスカイト半導体の中のプロトタイプ物質MAPbI3について、有機分子の持つ電気双極子の運動が、通常の半導体とは異なる太陽電池として望ましい物性を決める大きな因子になっていることが明らかになりました。

 【 今後の展望 】 

  今回の結果は、電気双極子を形成する有機分子を含む有機-無機ハイブリッド型ペロブスカイト半導体すべてに当てはまるもので、さらに高機能な太陽電池を物質設計する際の基礎になると考えられます。現在実用化されている環境負荷の大きく生産コストの高い太陽電池に置き換わる材料を、有機-無機ハイブリッド型ペロブスカイト半導体を使って物質設計していくための道筋が見えてきたことで、実用化の加速が期待されます。

 【 発表論文の情報 】 

  なお、本研究は、同センター中性子利用セクションのBing Li博士研究員、川北至信サブリーダー、柴田薫研究副主幹、河村聖子研究副主幹、中島健次セクションリーダー、中国陝西師範大學のYucheng Liu博士、Shengzhong (Frank) Liu博士、総合科学研究機構の松浦直人副主任研究員、山田武研究員、米国フロリダ州立大学Minchao Wang博士、Shangchao Lin博士らの研究グループによる成果です。

※ Shengzhong (Frank) Liu博士は中国の大連化学物理研究所にも所属
 
< 発表論文のタイトル >
Polar rotor scattering as atomic-level origin of low mobility and thermal conductivity of perovskite CH3NH3PbI3
< 著者名 >
Bing Li, Yukinobu Kawakita, Yucheng Liu, Mingchao Wang, Masato Matsuura, Kaoru Shibata, Seiko Ohira-Kawamura, Takeshi Yamada, Shangchao Lin, Kenji Nakajima, Shengzhong (Frank) Liu
< 雑誌名、掲載番号 >
Nature Communications 8, 16086 (2017)
10.1038/NCOMMS16086
< 掲載日 >
2017年6月30日オンライン掲載 (日本時間18:00) 

  図1 : MAPbI3の構造と有機分子の回転モード
 
a. PbI6が作る骨格構造の中心に有機分子のカチオンCH3NH3+が位置する構造をとっている。
 
b. 有機分子は、C-N結合を軸にした3回対称回転モードとC-N軸が面内で回転する4回対称回転モードをとる。
  図2 : 測定に用いられたMAPbI3単結晶
  図3 : MAPbI3 (220) ブラッグ点註4の周りのフォノン分散註5
 
横軸は、 (220) ブラッグ点を中心に縦波の方向である[hh0]方向 (a、c) 又は横波の方向である[00l]方向 (b、d) への結晶ユニットを単位にした波数h又はlを表す。縦軸はエネルギー移行量を表し、スペクトル中に観測されているフォノンの励起エネルギーという意味をもつ。散乱強度の強さを色で表現している。
a. 斜方晶5Kの縦波方向のフォノン分散 LA:音響縦波モード LO:光学縦波モード
b. 斜方晶5Kの横波方向のフォノン分散 TA:音響横波モード TO:光学横波モード
c. 正方晶180Kの縦波方向のフォノン分散 LA:音響縦波モード
b. 正方晶180Kの横波方向のフォノン分散 TA:音響横波モード
斜方晶から正方晶への相転移に際して光学フォノンの励起エネルギーがどんどん低くなり、消失することがわかった。

 【 用語註 】 

 註 1 J-PARCセンター
  国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 (JAEA) と大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 (KEK) が共同で建設・運営する最先端科学研究施設。
 註 2 大連化学物理研究所
  1949年に設立された中国大連市にある研究所で、触媒化学、化学工学などの実験を推進している。
 註 3 音響フォノン、光学フォノン
  音響フォノンとは隣り合う原子が同一の位相で振動するフォノン、光学フォノンとは隣り合う原子が反対の位相で振動するフォノン。原子振動の方向がフォノンの伝搬方向を向いているのが縦波モード、直交しているのが横波モード。
 註 4  (220) ブラッグ点
  単結晶に中性子線 (X線でも同様) を入射すると、特定波長の中性子線が特定の方向にスポット状に散乱される。それぞれのスポットは、結晶の中で原子が規則正しく並んでいることで定義できる特定の結晶面と関係づけられる。結晶面の面間隔、入射する中性子線の波長、散乱の方向 (結晶面と入射中性子線のなす角度に関係) を関係づける法則 (発見者にちなんでブラッグの法則と呼ぶ) が成り立つので、そのスポットのことを、結晶面を特定づける指標となっているミラー指数とつなげてブラッグ点と呼ぶ。今回はミラー指数 (220) で特定づけられる結晶面からのスポットを観測しているので (220) ブラッグ点とよぶ。
 註 5 フォノン分散
  音響フォノンは、結晶内の隣り合う原子がそれぞれの平衡位置から同じ方向にずれるような振動が集団的に生じたものであり、平衡位置からのずれが波として伝わっていく現象である。音響フォノンの波長が結晶面間隔と整合するときは、結晶格子を歪める必要がないので励起エネルギー0となる。不整合が小さい場合は、長い距離にわたって結晶格子の歪みを吸収すれば良いが、不整合が大きいと、結晶格子を強く歪めるように振動が伝わるので、音響フォノンの励起エネルギーはその不整合さの大きさに伴って高くなっていく。図3の横軸は波長ではなく、単位長さ当たりの波の数、つまり波数で表されている。ブラッグ点が結晶面間隔と整合したときに整数値をとり、整数値からのズレが不整合の大きさを表す。この波数と励起エネルギーの関係をフォノンの分散関係と呼ぶ。また、励起エネルギーは振動数に比例しているので、この分散関係の傾きがフォノンの伝搬速度と関係しており、急峻なほど伝搬速度が速くなる。一方光学フォノンは、隣り合う原子が互い違いに振動するような集団原子振動であり、原子間隔の伸び縮みが激しいため励起エネルギーが一般に高い。ブラッグ点ではこの光学フォノンは定在波となり伝搬しない。また振動が局在している場合も伝搬速度を持たないため、波数をずらしても一定の励起エネルギーをもつことになる。
 
  音響フォノンは伝搬速度をもっているので、エネルギーを外側に伝える役割をもっており、エネルギー散逸に寄与する。一方、定在波になった光学フォノンや局所的な振動は伝搬しないので、むしろエネルギーをため込む役割を持つ。

 【 補足情報 】 

  〇ダイナミクス解析装置DNA

  J-PARC MLFのパルス中性子源BL02ポートに設置された高エネルギー分解能大強度を実現したシリコン結晶アナライザー背面反射型分光器。

  図4 : ダイナミクス解析装置DNA

  〇冷中性子ディスクチョッパー型分光器AMATERAS

  J-PARC MLFのパルス中性子源BL14ポートに設置された中性子非弾性散乱分光器。新開発の機器や新しい測定手法を組み合わせて、高精度、低バックグラウンドで微細な非弾性シグナルも測定できる。

  図5 : 冷中性子ディスチョッパー型分光器AMATERAS

 【 お問い合わせ先 】 

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
広報部 報道課長 佐藤 仁昭
TEL : 03-3592-2346
E-mail : tokyo-houdouka@jaea.go.jp
  
J-PARCセンター
広報セクションリーダー 岡田 小枝子
TEL : 029-284-4578
E-mail : pr-section@j-parc.jp
  
一般財団法人総合科学研究機構中性子科学センター利用推進部
広報担当 入江 敦子
TEL : 029-219-5310 内線4207
E-mail : press@cross.or.jp
  
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